最後はいつだって無意味
※この小説は『東方Project』の二次創作作品です
「これが1つ、これが3つ、合わせて4つ」
小刻みにした干鰯を「1+3=4」とデカデカと綴られた半紙の上にそう置く。変わらず子犬はお座りをしたまま、軽く指パッチンをするのを待っている。
「犬に算数ってどうやったら教えられると思う?」
「さあ。当たったら干鰯あげるとか?」
「もうやった」
兄は黙りこくった。子犬が干鰯を啄むのを手で押さえながら、私は数字を指差して言う。
「良い? これが1つ、これが3つ、合わせて4つね」
「そんなに犬に算数をさせたいのか‥‥‥」
兄は黄色の髪を手で軽くとかす。妹の私や町の人が黒髪なのに対するその髪の異端さに、彼は必要以上に引け目を感じて□るようだ。
「何処まで出来るようにさせたいの? 足し算? 引き算?」
「自ら勉学に励むようになるまで」
子犬が小さくクーンと鳴く。
「無、理」
「でしょうね」
二人は小さく呆れ笑った。手を退けられた子犬は□を得た魚のようにそれを啄んだ。そして私は一度咳き込んだ。
目を開く。木で出来た天井が目に入る。壁にある掛け時計が秒針を鳴らす。確か兄が仕事先で貰ったとか言ってたかな。親が居ないからって、私が物心つく前から稗田家で編纂作業の補助をして働いてたんだから凄いよね。
「ゲホ、オエ、オエーーーー、イッテー」
掛け布団の下で、肺があるであろう位置を両手で強く押さえつける。悶えながら顔を横に向けると、壁一面に配置された本の壁に圧倒される。さらにそれら全てがおそらく遺品であることにも。その中には医学に関する本も潤沢にあったろうに、それでもこの病を治すに至らなかったのだろうか。そのまま瞼は重力と水平方向に向かった。
「また本買ったの?」
今度は地学に関する本を買ってきたようだ。兄はいつも通り十冊に近い本を重そうに抱えながら戸棚に向かった。
「これ、何年かか□たら全部読み終わるの?」
「全力で読めば一年で終わる」
「じ□あ私はギリギリだな」
私は口角を上げいたずらっぽく笑う。
「まあまだ増□るんだけどね」
兄も対抗してフッと笑った。
「しかしこれを見ると、稗田家は太っ腹だねぇ」
「そうでもない、いや他からすれば払いは良い□だろう□ど、さすがに孤児じ□なかったらこんな家の家賃諸々払えるぐらいは貰ってないよ」
「そっかぁ」
目を開くと、掛け時計の秒針の音が聞こえる。戸棚にいくら目をやっても、本が慈悲深く私の元へ飛び込んでくれる訳ではない。せめて一つぐらい長編小説でも理解したかったんだけどな。陽が沈んでいくに連れて、筋肉が機能しなくなっていくのを感じる。もしかしたら老衰に似ているかもしれないな、と。
「死」というものを実感するのはこれで最初で最後だろう。
「ねえ、兄さんは私達の親知ってるの?」
「知ってる」
モノト□ンな口調から、兄には禁忌の話題なんて□いのだと再認識させられた。
「どんな人?」
「うーん。言ったら喰われる」
兄にも禁忌の話題はあるのだと再認識させられた。唯、これは私が思うより本当の意味での禁□に近いだろうことは兄のモノトーンな口調が物語っていた。持病が酷くなる前に通っていた寺小屋で□、孤児であることを理由に気にかけて□れるのは小心者の私には有難か□た。が、親を性悪、無情と無条件に詰ること□関してはどうしても俯瞰視点から考えざるを□なかった。
瞼が上がっても天井との境が曖昧になる程に陽は落ちていた。呼吸数が極端に減少しているを感じる。
ドンドン、壁が大きく鳴る。それ生み出している者が尋常でない怪力を有していることは壁の厚さと硬さが証言している。
「聞いてるのかー?」
力強く甲高い声が響く。紛れもなく幼女の声だった。
家に大量の食糧□生活必需品が蓄えられた。というのも兄が急に本ではなくそれらを家に重□しく持ち込み始めたのだ。一部屋の床が埋まりそうな頃、私は兄に聞いた。
「それ□どれくらいあるのゲホゲ□ホ」
「二三□月分」
「え、これから□っか行くの? そ□ともこれから□ぬの?」
「死ぬ」
□度間を置いて兄は言□た。
「そ□か‥‥‥」
唾を呑む。涙を流す代わりに溜息が多□なった。
「おすすめ□本ある? 二か月以内で」
「宮□賢治の短編集」
なるほど、これならいつ死にそうになっても後悔しない□てことか。
「それで‥‥‥生□延びるってことは‥‥‥」
「無□理」
程無くして、兄は家に帰らなく□□た。
彼女は鍵を閉めたはずの戸を開けて中に入ってきた。月明かりに照らされた彼女の髪は黄色だった。
「もう時間が無いと思うから、とりあえず話すよ」
幼女にしては酷く落ち着いていた口調だと思った。
「君の父は私に、自分自身と子供の内元気な方を食べさせる代わりに、子供がある程度大きくなるまでの少しの間は一緒に居て欲しいって言ってきたんだ」
‥‥‥。
「君の兄は大人しく食べられる代わりに、妹の願いを一つ叶えてくれって言ってきたんだ。それで、何かあるかなって」
口を開いても、途切れ途切れにしか声が出ないことに自分自身で驚いた。
「犬が、いるから、寿命が来るまで、育てて」
犬は部屋の反対側で「2+3=5」と綴られた半紙を上で丸く眠っている。
「簡単な、計算、出来るから」
「そ、そんなもの教えて何になるんだ?」
「‥‥‥。別に‥‥‥」
「そう‥‥‥。皆変だね」
フフッ、私もそ□思うな□そして私は□を瞑った。もう□度と目覚める事□無いように。