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天弓千亦とこんなデートがしたいの!(1ページ目)

※この小説は『東方Project』の二次創作作品です

 ポチャ、ポチャ、足音が鳴る。何処までも水平に広がる水面を踏み抜いて歩いていく。水深は少なくとも5センチはあるだろうに、奇しくも靴が濡れてしまうことは無かった。
 空を見上げる。太陽は無く、月も無く、無数の星達がっているだけ。しかし辺りはどことなく薄く青い明るさに包まれていた。

 さらに歩いていく。ポチャ、ポチャ、足音が鳴る。景色は一向に変わる気配はないが、それでもいいのかもしれない。兼ね兼ね一時間はずっとこうしてのうのう歩いてきたのだ。
 ポチャ‥‥‥。足を止めた。リッチな作りをした机、そしてそれとは全く不釣り合いのパイプ椅子が向き合うように二つ並べられていて、その一つに彼女は座っていた。そして、僕に向かってちょいと手招きをした。
「ようこそ、(自分の名前)
 両手をテーブルに軽く乗せたまま、僕に向けてニッと笑った。僕と彼女は初対面だったが、どういう訳か名前を知っていた。
天弓千亦てんきゅうちまた‥‥‥さん?」
「千亦でいいわよ。それとも千亦ちゃん?」
「じゃあ、ちまっちゃん、とか?」
「えへへ、じゃあそう呼んでちょうだい」
 るん、とでも擬音が聞こえそうな可憐な声色だった。こんなドブボの人間には聞くだけでも勿体な過ぎるというのに。
「兎に角座ってよ。ねえねえ」
 僕はその椅子を引いて腰を据える。いざ彼女を目の前にすると、つい膨らんだ頬を風船の中の空気を抜くように手で押し潰したくなる。
初心うぶっ子だねぇ」
「あーよく言われる。言われたの初めてだけど」
「ふふ」
 屈託の無い笑顔なんて初めてみたかもしれない。これまでの人生他人の顔なんて「無表情」「怒っている」「笑っている」「泣いてる」のどれかのステータスでしか判別出来なかったのだから。
「心苦しい‥‥‥」
「なんでぇ?! 声凄い震えてるよ?!」
「いや、何て言うか、心拍数が上がる事ってそうそう良い事じゃないから‥‥‥」
 心拍数が上がる時なんて運動した後か緊張している時しかない。運動は嫌いだし、緊張も円滑なコミュニケーションの妨げになるから嫌いだ。だから心拍数が上がるのは経験からして全然良いものじゃない、って説明したかったのにそれが出来なかったのもそれを嫌う新たな理由となった。
「そう‥‥‥、素敵な出会いとかそんな無かったのかしら」
「あったらねえ、あったら良かったのに。あ、これもしかしてちまっちゃんとの素敵な出会いがあったよ、って言わなきゃいけないシチュエーション?」
「そんなの言わなくていいわよ。(自分の名前)だってそんなキザなこと言いたくないでしょう?」
「それもそう。というより勘違いを恐れずに言えば気を遣いたくない」
「と言うと?」
「こんな場所なんだし、気なんて遣わないでゆっくりしてたい。でもちまっちゃんに失礼な言動をするっていうことじゃないよ、て事が言いたかった。あとちまっちゃんはやっぱり言いにくいから千亦って呼ぶわ」
「『勘違いを恐れずに言えば』って言ってる時点で気を遣ってる気もするけど」
「言ってる最中に僕も思ってた」
 神経質過ぎるとは思うが、SNSが蔓延る時代に生きている以上そうならざるを得ないとも思う。
「唐突に話変わるけど、私の服装どう思う?」
「トテモキレー、ていうのは冗談で、正直暗くて分からないのが本音」
 ほぼモノクロにしか見えない視界でも、彼女の服装が多彩で派手だということは鮮明に目に映っていた。それでもその服装に違和感を覚えないのは、おしゃれの原則が三色に抑える事以前に顔が可愛い事を意味するのだろうか。
「それもそうね。残念」

 太陽も月も無く、無数の星達のもと仄かに青く光るこの空間。少し肌寒く異様に澄んだ空気が副交感神経を優位にする。僕は前の時のように数時間歩いて、あのテーブルのもとへ辿り着く。僕を見つめる彼女の双眸から放たれる、紫色の夢幻的な輝きに魅入ってしまった。

「すごい待ってたよ。急に消えるもんだから驚いちゃったよ」
「そう‥‥‥」
 此処までの行き方なんて知らないんだからしょうがないじゃないか、とも思ったり。
 彼女はテーブルの前で両腕を胸の前で組んでそう言った。
「ちまっちゃんにお詫びの言葉何かないの?」
「マジゴメン」
「ユルス」
「このカード何?」
 僕はパイプ椅子に座ると同時にそう言った。テーブルの上には黒に縁取られた白色のカードが無造作に20~30枚置かれていた。
「空白のカード」
 彼女はその内の一枚を拾い上げ、僕に表面を見せた。環状の虹が描かれているだけで、特に数字やら柄があるわけでもなかった。他のカードも見た限りでは同様だ。
(自分の名前)、せっかくだし少し遊ぼうよ」
「そのカード使うの?」
「それ以外に何かあるとでも?」
「じゃんけん、とか?」
「カード用意した意味よ?!」
 彼女は右手からカードをポロッと零した。
「まあ、これはゲームというより暇潰しに近いかもね。決まったルールなんて無いし、カードだって別の種類が欲しかったら出しても良いし、只々(自分の名前)と楽しむためだけのものだから」
「それで、僕は面白くなりそうなルールを作って、遊んで、面白くなかったらまたルールを変えて、遊んで、ていうのを繰り返せばいいわけ?」
 僕は右手の親指を口元に当てて、既にルールを考え始めていた。
「そう、そういうこと。面白そうでしょ」

2.5

 こうして僕と彼女の奇妙なカード遊びが始まった。あーあ、なんか面白くなりそうなルール考えなきゃな。


(2ページ目)→ いつか更新します。人肌ぐらい温かい目で待っててください。

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