正直者のオカルティスト

※この小説は『東方Project』の二次創作作品です

「あの、宇佐見菫子さん、ですよね」
 黄色かブロンドのような色をした髪を靡かせて、彼女は私の前に立った。
「突然話しかけてすみません。私、マエリベリー・ハーンって言います」
 電灯と月明かりだけに照らされた住宅街の道、白のシワクチャの帽子から顔に映った影がその少女にミステリアスな雰囲気を纏わせる。
「実は私、突然言っても信じてもらえないと思うんですけど、未来から来たんです。証拠、と言ってもそんな立派な物は持ってないんですが‥‥‥」
「は、はあ」
 唖然とする私なんてお構いなしに、彼女はポケットの中をまさぐり始めた。そしてそこからプリント袋に入った写真を二枚取り出し、その内の一枚を私の前に出す。その写真には白シャツと黒のロングスカートを着て、黒い帽子を指先でぐるぐると俊敏に回す茶髪の少女が写っていた。
「この子は、私の友達の‥‥‥」
「あっ私と同じ帽子だ!」
「宇佐見蓮子って言って‥‥‥」
「え、宇佐見?」
「そ、そう、それで‥‥‥」
「何で私と苗字一緒なの?!」
「‥‥‥う、うん」
 彼女が冷ややかに笑ったの見て、恥ずかしくなった私は口を閉ざす。二人が言葉を詰まらせた後、彼女は再び口を開いた。
「この子は私の友達で、宇佐見蓮子って言うの。それでね、蓮子は貴方の孫なの、ってまあ、急にそんな話しても信じてもらえないと思うんだけど‥‥‥」
「いやいや、信じるよ信じるよ、私そういうの好きだし」
 彼女がシュンとした顔で俯いたので、慌ててフォローする。
「そう‥‥‥ありがと。それとね、もう一つの写真なんだけどね‥‥‥」
 先ほどの二枚の写真のもう一方を私の前に出す。
「私の小学校の時の、卒業写真‥‥‥」
 その写真は、所々インクが滲み出ていて、表面が埃に覆われていた。かなりの年季が入っていて、少なくとも数十年は放置されたものだろう。
「これで信じてもらえる‥‥‥かな‥‥‥?」
 少女は弱弱しくそう言った。


『オカルトねえ。別に馬鹿にするわけじゃないけど、科学的に見てあんまり好きじゃないんだよねぇ』
『え、菫子さんって本気でオカルト信じてたの? まあ良いんだけどさ、親心配しちゃうよ』
『オカルトなんて、一種のカルト宗教みたいなもんでしょ?』
 家族、親友、どれだけ自分と親しい仲であってさえそんなことを言われた。今思えば彼らはそんなことを言わないだけ優しかったのだろうが、オカルトを嘲笑するような風潮に当時は全く耐えられなかった。
 中学、高校とオカルト同好会を立ち上げ、勧誘と調査に明け暮れる日々、それでもオカルトを本気で信じてくれる人はいなかった。同好会に参加してる人は揃ってお菓子同好会か仲良し同好会と勘違いしていたらしい。私はそれが分かる度に溜息と諦念が増えていき、いつしか自分も同好会どころかオカルトに興味が失せかけていた。それでも、いつか本気で信じてくれる人と出会えることを信じて‥‥‥

――「これで信じてもらえる‥‥‥かな‥‥‥?」
 その言葉を聞いたなら、私が言うべき言葉は一つだ。ずっと前から決めていた。
「もちろん!」

 マエリベリー・ハーンはどうやらタイムマシンではなく、結界というものを抜けて過去に来たと言った。結界は普通の人間には見えないけど、ハーンだけは見ることが出来て、さらに自由に通り抜けることも出来るらしい。だから別に衣食住とかタイムマシンの保管場所とかを心配する必要は無いらしい。
 ハーンとは日曜日の午前九時にこのカフェで待ち合わせをしていた。私がミルクティーとチョコドーナツを頼んで席に着く。
「ハーンっていつからここに居たの?」
「言い忘れてたけど私の事はメリーって呼んで。あと15分前から、遅刻しないようにね」
「まめだね。私なんか絶対時間ぎりぎりに行こうとしてたまに遅刻するのにー」
「あはは、似た者同士ね。蓮子も遅刻癖あるのよ」
 会話が弾むとはこういうことを言うのだろう。未来での歴史、テクノロジー、科学世紀、それに蓮子の話、気付けば三十分、一時間経ってるもの。
「未来人ってことだから、なんか予言してみてよ」
「言われると思ったー。でも、数十年前の歴史なんてそんなに詳しく覚えてるわけないでしょ。しいて言うなら、日本経済が回復し始めた頃みたいな認識しかなくてよ」
「確かにそりゃそうか。なんかてっきり未来人って言うからには『予言! 過去への指名! ハイパーテクノロジー!』みたいなイメージだったからさー」
「数百年違ったらあり得るかもしれないけど、孫の代なんて一緒の時代を生きてるわけだからそんな価値観とか話し方とか変わらないでしょ」
 なるほど、すとんと腑に落ちた。不意に口からアーと声が漏れ出る程に。
 カフェから出た後、メリ―は私に手のひらサイズの包みを渡した。
「申し訳程度だけど、せっかくだしお菓子でもねと思って用意してたの。溶けちゃうから、なるはやで食べてね」
「ほんと!? ありがと!」
 私はそれを受け取った。メリーはこれからも会う度にあげると言った。餌付けされているような気もして、この面白おかしさが少しクセになった。

 それからも私とメリーは度々会った。そしてその度に神秘的な現象に触れ合った。ある日は、メリーは手のひらに夢幻的で幻想的な青々とした蝶々を連れていて、そこから溢れる鱗粉に度々魅せられた。しかし、それについて聞いてもメリーはクスッと笑うだけで、神秘的なオーラを匂わせただけだった。
 別の日では、メリーが一歩歩く毎、彼女の靴と地面が触れ合う度にそこから影のようなものが膨れ上がり、じわじわと立ち上がっては溶けて消えていった。しかし、それについてもメリーは気にも留めなかった。

 ある日、メリーは結界のある場所を教えてくれると言った。私達は鬱蒼とした森の茂みに入っていった。メリーはいつものように周りに蝶々を連れていた。
「結界ってどういうもんなの? 私も通れるの?」
「残念だけど無理かな‥‥‥。でも向こうの世界を見る事は出来るかも」
「おおー!」
「やっぱ無理かも」
「おいー!」
「冗談冗談♪」
 そう言ってメリーはけらけらと笑って、ポケットから袋に入った軽食を取り出し、頬張り始めた。
「メリー今食べてるの? クッキー?」
「うん、菫子も食べる?」
 一つ返事をした私に対し、メリーはポケットからもう一つ袋を取り出す。私が袋を開けるのに苦戦している最中、メリーは声色を変えて言った。
「それであと言い忘れてたんだけどね‥‥‥、私結界を通るのこれが最後になるの」
 口に入ったクッキーを思わず零しそうになった。慌てて口を押えながら、もごもごと「え、何で?」と言った。
「私も最近まで分からなかったんだけど、この結界もうすぐ消えちゃうの。結界って消えたり生まれたりするらしくて、それにこの時間に繋がる結界なんてもう無いから‥‥‥」
 クッキーを無理に呑み込んで私は言った。
「新しくこの時間に繋がる結界とか生まれないの?」
「あるかもしれない、でもそんな都合良く生まれる確証なんてない」
 メリーの顔つきはより一層神妙になった。顔を背けているが、口元がそう語っている。
 しばらくした後、メリーは立ち止まった。あの青い蝶の数が増えたような気がした。
「なんか、ごめんね。私、こういう別れっていつも最後まで言えないからさ・・・・・・」
 メリーが顔を背けた。ああ、微かに悪い冗談であってくれと願っていたのに。
「本当に行っちゃうの?」
 彼女が消えてしまったら、私は‥‥‥。
「いや、行ってらっしゃい」
 私はそう言い直した。そして、彼女が一歩踏み出すと、蝶に包まれて消えてしまった。


 雨が降る。森が静寂に包まれた。青の蝶は雨に溶けて消えた。私は傘を差しながら来た道を戻る。
 このまま戻っていいのかな。だって、このことを話したって誰も信じないでしょ。そんな世界に、意味なんて‥‥‥。
 そう思った瞬間、私の身体も雨に溶けて消えた。












――――森の奥で少女の遺体が見つかった。


 そんなニュースがテレビで放送された。名前こそ出されなかったが、私には分かる。宇佐見菫子。だって私が殺したんだのも。
 彼女はとても正直者だった。私が自分を未来人や能力者とかたっても簡単に信じてくれた。
 まずマエリベリー・ハーンなんてものは偽名だし、宇佐見蓮子だって存在しない。茶髪の少女の写真は、従弟に菫子が持っていた帽子と同じ商品を被ってもらい(共犯というわけではなく、似合ってるとか理由を付けて着けてもらった)、その写真をAI付属の加工ツールで茶髪にして顔の形も少し変えた。AIのみで生成した画像はどうしても違和感があったから、少しリスクを取って現実の写真を加工することにした。はよ進歩しろ。もちろん背景もそれっぽいものに変えた。
 年季の入った卒業写真は、菫子の小学生の頃の同級生から拝借して、新しくプリントしたものをインクとやらでまるで数十年前の写真のように加工した。案外この作業は楽しかった。
 マエリベリー・ハーンや宇佐見蓮子の人物像、オーバーテクノロジーを見せなくても良いような状況設定を予め考えておいて、後は肝心の彼女を殺す計画だ。
 私は菫子に会う度にDMT(ジメチルトリプタミン)を少量混ぜたチョコを渡した。それも彼女だけが食べるように一口サイズにして。正直これを調合するためだけに薬学を勉強するのは割に合わないように気がしたが、こういう積み重ねが大事なのだと割り切った。そして森の中で彼女に渡したクッキーには多量のDMTと別の毒物を致死量混ぜた。あれ、何混ぜたんだっけ‥‥‥、まあいいや。てか何でわざわざDMT飲ませてたんだっけ? ああそっか、超常現象の一つや二つは無いと怪しまれるかもしれないと思ったからだった。今思えば博打だったな、あれで体調悪くして病院でも行かれたらそれこそ終わりだからなぁ。

 私はシワクチャの白の帽子の代わりに、白のフリルと葉っぱの飾りが付いた黒の帽子を被る。そうして、私は大笑いしながらその場を去った。









※DMT等の薬学についての知識はネットで適当に検索して見つけたものなので、くれぐれも真剣に受け取らないでください

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