無意識と<他人>
※この小説は『東方Project』の二次創作作品です
この能力を初めて手に入れた時、本当にわくわくした。これで他人の心を無意識に支配させたら一体どんなことが起きるんだろうか。そのまま崩れる? 失う? 薔薇薔薇になって弾け飛ぶ? 穢れに向かって一直線に走っていく?
でも、現実は酷かった。あの妖怪も、あの人間も、あのお姉ちゃんも、何も変わんなかった。皆無意識にしても普通に仕事して、普通に話して、普通に寝て、無意識を解除したら記憶が無いなんてだけで喚いちゃって。つまんないの、無意識にした瞬間に抑圧されたものが爆発して、あられもない面白いことしてくれると思ったのになー。
なんでこんながっかりしてるんだろう。それは期待していたから。
なんで期待した? フロイトの構造論で超自我と自我が解放されたらイドだけが残ると思ったから。
なんで失敗した? フロイトが嘘ついたから。
よし、フロイトが全部悪い。
「ねーえ、お姉ちゃん」
「こいし、髪がぼさぼさよ」
お姉ちゃんは私の髪をチラ見して、すぐにデスクの上の紙に視線を戻した。
「だってさっき起きたしー」
「そうじゃなくて、髪を整えなさい。清潔感は大事よ」
「お姉ちゃんはー?」
「癖っ毛。外に出る時はさすがに直すわよ」
お姉ちゃんは左手で前髪を触り始めた。指が触れる度髪がぴょんぴょんするのが面白い。痒いのかな?
「ねーえ、お姉ちゃん。フロイトってどうやったら殺せる?」
「こいし、物騒なことは辞めなさい。 それにフロイトはもう亡くなってるわよ」
「えー、だって嘘ついたんだよー。 無意識になれば皆本能剥き出しになるって言ってたのに全然そんなことなかったんだよー」
「良い? こいし。 学問っていうのはね、ってこいし? 何処行ったの?」
うざい。お燐ちゃん触りに行こ―っと。
「ンギャー!!」
お燐ちゃんが跳ねた。気が付けば人の姿になっていた。
「こいし様っ、口の中に指を入れるの辞めてくださいっ」
「だってー、舌触りいいもん」
「ちょっとぐらい他人の気持ち考えてくださいよー」
「でもお燐ちゃんは猫じゃん」
「そういう話じゃなくてー」
お燐ちゃんは人の姿でも猫みたいにシャーッて怒るなぁ。
「あ、こいしさまー」
お空ちゃんが何か紙を手に持って歩いて来る。ニコニコとした表情だが、今回ばかりはなぜか胸騒ぎがした。
え、あれって‥‥‥何だっけ‥‥‥。
「物置部屋で見つけたんだけどー、これこいしさまの昔の落書きでしょー」
――
お空の声が耳をつんざく。
「かわいー。これとかなんだろー」
「お空、それ貸して」
「いいよー」
びりびり、びりびり、びりびり。クシャクシャ。必死に中身を見ないように、手の中にそれを隠し込んだ。
「え、こいしさま‥‥‥」
お空は、呆然としながらも涙ぐんだ。何で泣いてるんだろ? 別にお空の物じゃないんでしょ?
「こ、こいし様、さすがにそれは酷いんじゃ」
お燐は狼狽えながらも、私に敵意の眼差しを向けている。
「何で?」
「何でって‥‥‥お空が悲しんでるよ」
「何で悲しんでるの?」
「え‥‥‥」
お燐は小さく息を漏らした。それじゃあ私はこれを捨てに行くから。
「災難ダー」
自室のベッドの上で、腕で瞼を押さえつけながら唸る。あれはもう捨てた。でも、どうしても中身を思い出そうとしてしまう。下手なお姉ちゃんとペット達の似顔絵、綺麗言だけの願い事、それとアーだから思い出すなって。思い出すな思い出すな思い出すな。そう、早く眠ろう。眠ればその間は無意識が解決してくれるの。
「‥‥‥し、‥‥‥い‥‥‥、‥‥‥さい」
口から泡が弾け飛ぶ。
「‥‥‥いし、こいし、‥‥‥なさい」
泡が浮かび上がった先に、一つの扉が表れる。
「こいし、こいし、‥‥‥なさい」
ノブが回され、扉が開く。私の身体はその扉へ吸い込まれるように、そして‥‥‥。
「こいし、こいし、起きなさい」
ベッドの横にお姉ちゃんが居る。あんまり自分の部屋に入って欲しくないな。
「こいし」
お姉ちゃんのサードアイが仰々しく私を睨みつけている‥‥‥感じがする。
「何? お姉ちゃん」
「さっきお空泣かしたでしょ」
「えー、勝手に泣いただけだしー」
お姉ちゃんは腕を組み、大きく息をついた。サードアイもすこし瞼を狭めた。
「はぁ‥‥‥」
「ふん、どうせお姉ちゃんは私の心読めないんだし、説教なんて無駄だよ。フッ」
この台詞を話すたびに、心のどこかが安堵に満ち溢れる。お姉ちゃんは私に顔を少し近づけた。
「まあ最初から説教なんてするつもりなんてないけど‥‥‥」
お姉ちゃんは言った。
「こいしって、自分の事嫌いだよね? だから他の皆に自分を理解されないようにそんな事してるんだよね」
――
「自分が‥‥‥嫌い?」
頭の中ではなんてことない詰問だと思った。でも、じゃあ何でこんなに気に障るの‥‥‥。お姉ちゃんの口が上向いた気がする。
「こいしがサードアイを閉じたのは、他の皆の聞きたくない声が聞こえるからじゃなくて、自分にもそんな感情があるって認めたくなかったんじゃないの?」
「いや、ち、違う」
そうだよ。そうなんだよ。それを認識する度に呼吸頻度が高くなる。お姉ちゃんの口ははっきりと上向いた。
「こいし、確かに私にとってこいしは初めての<他人>だけど、でも誰よりも一緒に居た身内でもあるのよ」
サードアイが、私の心をヌチャヌチャとした蛇みたいなやつがこじ開けて入ってきているような気がして、あぁ、あぁ、あぁ!。
――――
逃げてきた。もうあの館に私の居場所は無い。あんな心無い事を言うなんて、やっぱりお姉ちゃんも私の事<他人>だと思ってるんでしょ。