飛んで火に入れ夏の虫
※この小説は『東方Project』の二次創作作品です
蝉が鳴く。螽斯が鳴く。馬追が鳴く。
月明かりに照らされ鬱蒼とした森の中、一人私は微かなその灯りを頼りにして飛ぶ。騒然とした虫達の鳴き声とは背反して、ポツポツとした灯りは静寂さを物語っていた。
程無くして、近間で虫の大群が塊を成す。かつての仲間達が一斉に森を飛んでいて、蛍火が成す光線が数多の帯をつくり出していた。
独り蛾は考えた。
きっとこの先にリグルがいて、いつものように仲間達と戯れているのだろうか、と。
もう灯りを持たない私は、傍からそれを見つめていた。気づけば、美しい帯は彼方へと消えていった。あの帯の一員を離脱してからは、ずっと名残惜しさが浮遊感を阻害してくるのだ。
私は更に月明かりと平行に飛んだ。月はじきに満月になるだろうという頃で、真上をのらりくらりと空を飛んでいた。今になって分かったが、あれはとんでもなく高く飛んでいて、とんでもなく大きくて、とんでもなく孤高なものなのだ。幼虫の時なんて、違う種類の蛍だとさえ思っていたのに。
私は蝋燭の周りを回っていた。その度に灯りは近づいていく。回らなければいけないと思う気持ちと、近づいてはいけないと思う気持ちが混在していたのだ。
紅色と薄紅色の市松模様の布を羽織った人が、この蝋燭の下で突っ伏していた。
独り蛾は考えた。
この灯りが消えてしまったら、次はどこの灯りを回ろうか、と。しかしその心配は無い。今宵は満月なのだから。
蝋燭の下から人が浮かび上がった。人の前脚の下にはランダムに黒に塗り潰された紙があり、人はしきりにそれを睨みつけていた。そういえば他の人も同じような性質があったな。かのような巨大な生物である人がどうしてこんなものを恐れているのだろうか?
独り蛾は考えた。
もし声が伝わるのなら、それはただの黒色であって決して危険な生物で無いと伝えよう、と。
私はついに灯りの中に飛び込んだ。中は途轍もなく明るくて、蝋燭とは信じ難かった。こんなに明るいのなら、月でなくても良いのではないか。
しかしフッと風がかけられると、灯りはついに消えてしまった。
拠り所を無くした私は、壁をすり抜けて月明かりを目指した。空に浮かぶ煌々とした月を見て、私はそれを恨み睨みつけた。それは、自分自身の希薄さを表していた。もし存在が希薄で無いのなら、そんなことをする筈が無いのだから。
満月が沈んでゆく。
本能とは別の衝動に駆られて、暗闇をあてもなく飛んでいく。いや、どこかに向かっているような気がしてならない。
向かう先に活気強い灯りが見えた。
そこにはドンチャン騒ぎがあって、私を歓迎しているようにも思えた。里でよく見たような店達だ、何の店かは分からないが。
よく見ると、それらはほぼ死者で構成されていた。なるほどな、と思った。これは運命なのだろう。私は連れられるがままその道を進む。これで終わりだ。そうなのだろう。
いや、このまま進んでいいのだろうか。未練、という感情が浮かぶ。
そうだ、月だ。月より高く飛ぶんだ。
そうして、独り蛾は考えた。
、と。
小さな鬼火が一つ、空に向かって浮かび上がった。