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ジャッキー・チェンと勝負する・追撃戦(29)
「ライド・オン」は2024年5月に日本で公開された。中国での公開は2023年4月で、その後ほぼ同時に世界の主要国で公開されているのに、いっこうに日本公開がなく、前作の「プロジェクトX/トラクション」がネット公開のみにとどまったこともあって心配したが、1年余の遅れとはいえ、無事に劇場公開されたのはめでたい。
とはいえ、かつての全国ロードショーとは比べるべくもない小規模な公開。これも時代の流れだろうか。
落ちぶれた伝説の名スタントマンが、愛馬とともに最後の一花を咲かすべく奮戦する物語。映画撮影所のバックヤードもので、ジャッキー映画ではたぶん初めてのテーマだろう。
ジャッキー扮するルオ師匠の相棒となる愛馬のチートウがなかなかの好演を見せるのだが、ここまで人間以外の動物が主役級でからむのも、ジャッキー映画では初めてだと思う(「カンフー・パンダ」は別にして)
というように、長いジャッキー映画の歴史のなかでも、けっこうな異色作と言うことができよう。
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上記のポスターにもあるように「ジャッキー・チェンの50周年記念アクション超大作」だそうだが、これは誇大広告だろう。
50年前の1974年のどの作品を基準にしたのか(「廣東小老虎」らしいが、それでいいのか?)、そもそもこの「ライド・オン」自体は2023年の作品だからなぁ。
記念作品かどうかはともかく、もうひとつのコピー「これが人生の集大成」はツボを突いている。
主人公のルオ師匠は香港映画の歴史に残る名スタントマンという設定で、これはスタントマンとして映画人生のスタートを切ったジャッキー・チェンその人に重なる。そのルオ師匠の過去の名場面として使われるのは、歴代ジャッキー映画のアクションシーンの数々だ。
「プロジェクトA」「ポリス・ストーリー」などのアクションシーンがそのままルオ師匠の栄光の歴史として挿入されるのだ。あの「サンダーアーム/龍兄虎弟」の大事故のシーン(ジャッキーが死にかけたやつ)まで使っているから、そのサービス精神には頭が下がる。
ただね、映画の中での重要なセリフで「スタントマンは命懸けだが、顔も写らない」とあるのに、ジャッキーいやルオ師匠の顔、写りっぱなしじゃないか。
そんなことはともかく、そんな名場面を見ていると、「これが人生の集大成」というコピーはなるほどなと思わせる。まさにジャッキー映画の集大成を見ているような、まるでジャッキー・アクションという長い長いテレビドラマの最終回を見ているような気がしてくるのだ(もちろん「ライド・オン」は最終回じゃない)
そんな過去の名場面だけでなく、現在進行のアクションももちろんたっぷりと盛り込まれている。さまざまな映画の撮影のためのスタントを次々とこなすジャッキーと名馬チートウが、体を張ったアクションを堪能させてくれるので、そこはジャッキーファンの期待を裏切らない。ここら辺のサービス精神は、さすがジャッキーだ。
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という具合に、ほとんど不満が出ようもないジャッキー映画の佳作といいたいところだが、実際にはそんなに絶賛するわけにはいかない。
映画のストーリーゆえに仕方ないのだが、この映画におけるアクションは、すべて映画撮影用のスタントなのである。当たり前といえば当たり前だが、それゆえに今回のジャッキーのアクションは「ヌルい」感じなのだ。
そう、映画のストーリー上のこととはいえ、これまでのジャッキー映画のアクションはシリアスなシーンで行なわれてきた。常に主人公(ほとんどはジャッキー)は、生命の危険というプレッシャーを受けながら限界に挑んでいたのだ。
ジャッキー映画のジャンルは、初期はカンフーアクション、のちには犯罪サスペンス、またはアドベンチャーが主流だった。その戦いは、カンフーの達人との死を賭したファイトであり、ギャングとの壮絶な肉弾戦であり、武装した警官や軍人との猛チェイスであり、ときには牙を剥く大自然への挑戦だったりした。
そこには、アクションに失敗したら「死」が待っているという(ストーリー上の)緊張感が必ずあった。
そういえばジャッキー映画に完全なコメディはほとんどないよな。
ところが、今回のアクションは、ほとんどが映画撮影のためのアクションである。そこにも、もちろん身体的な危険、失敗が死につながる可能性はあるものの、アクションに臨むジャッキーの生命を奪おうとする「敵」はいない。
それゆえに、見ていて「ヌルい」感覚がぬぐえないのだ。
そのへんはジャッキー自身がとっくに気づいていたのだろう。そのためにか、作中にはルオ師匠を追う借金取りとのファイトが織り込んである。カンフーベースのアクションは見応えじゅうぶんでクオリティも高いが、ストーリー上で不可欠なものではない。どっちかといえば、余分なオマケ。
この映画は犯罪サスペンスでも、アドベンチャーでもないから、それは当然なのだ。ジャッキー映画では、たとえば「ベスト・キッド」「ナミヤ雑貨店の奇蹟」あたりと同じ方向性と思えばいいだろう。
だがそうした映画群とちがって、この映画はアクションをテーマにしたドラマだ。どうしたって観客はアクションを期待して見る。少なくとも、私はそうだった。
そうした期待値は、やはり裏切られる。どれだけ壮絶なアクションであろうと、やはりどこか物足りない気分が残るのだ。
しかも、そうしたジャンルゆえの物足りなさだけではない。
映画のテーマそのものと同じ、「老い」が画面の裏から滲み出ているのだ。そしてそれは、ほかならぬジャッキーその人の「老い」なのだ。
映画内の設定が「老いたスタントマンの挑戦」だから? いや私がジャッキーの「老い」を感じたのは、映画内のアクションからではない。それだけならば、その「老い」は映画用に作られたものだと安心することができる。
映画のエンドクレジットには、もはや恒例となったNG集が挿入されている。いつもならば「おおジャッキー今回も頑張ってるな」で終わるのだが、今回は映画のテーマゆえか、ジャッキーが苦労している姿が妙に迫ってくるのだ。ああ、ジャッキーも歳を取ったんだな、と。
考えてみりゃあ、ジャッキーは1954年4月7日生まれ。つまり今年春で70歳になっているのだ。自分の身のまわりで70歳の知人を思い浮かべてみよう。そりゃそうだよな、ジャッキー。
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実際にはジャッキー・チェン、まだまだ老け込んではいない。「ライド・オン」の後には、今年10月に開催された「2024東京・中国映画週間」で上映された「A LEGEND/伝説」が控えている(中国での公開は2024年7月) ジャッキーの信頼厚いスタンリー・トン監督の作品だ。期待しよう。