令和6年・名古屋場所雑記
まったく今場所の展開には驚かされっぱなしだった。
まずは場所前のオレの予想。
まあオレだけでなく、大方の予想もこんな感じだったろう。横綱とはいっても2場所連続の休場明け、おまけにかねてよりの体調不安もあって、照ノ富士を大本命に推すのはためらわれるし、先場所までの快進撃を考えれば若い力に期待するのも当然だろう。
ところが蓋を開けたら、大の里も琴櫻も(ついでにいえば豊昇龍も阿炎も大栄翔も)次々と黒星を喫したのを尻目に、照ノ富士は白星街道をまっしぐら。取り口も安定感があり、かつての力強さも戻ってきて、死角なし。10日目まで無敗の進撃で、場所前の予想は完全に覆された。
このころにはもう今場所への興味は、照ノ富士が久しぶりの全勝優勝を遂げるかどうかに絞られたと思っていた。
ここのところの戦国乱世を象徴するように、15戦全勝での優勝は、もう2年半以上、令和3年九州場所の照ノ富士以降、15場所のあいだ出ていないのだ。
これはいよいよ久々の快挙かと思いきや、11日目に今場所けっして好調ではなかった大の里に敗れて連勝はストップ。それでも後続とは2差があり、まだまだ余裕だった。さらに追い上げてきていた豊昇龍が13日目から休場し、後続は平幕のみ。場合によっては13日目にも優勝が決まるかという情勢だった。
ところがところが、1敗キープで迎えた14日目、豊昇龍休場のおかげで急遽組まれた3敗の平幕6枚目・隆の勝との対戦でよもやの黒星。そして千秋楽には琴櫻に敗れて、まさかまさかの優勝決定戦までもつれこんだのだ。あれほど余裕しゃくしゃくの優勝争いに見えたのに、まったく勝負の世界は何が起こるかわからない。またしても予想は覆されてしまった。
優勝決定戦では、本割で負けた隆の勝に勝ってなんとか優勝を手にしたものの、この展開は横綱本人も不本意だっただろう。TV越しに見ていても、明らかに終盤戦の横綱は不安定だった。あるいはスタミナ面で不安があるのだろうか?
まだしばらくは照ノ富士の絶対政権にはならず、戦国乱世がもうちょっと続くのかな、と思わされた終盤の土俵だった。
とはいえ、優勝10回はめでたい。照ノ富士本人がかねてから目標にしていたというだけでなく、記録的にも大変なモノなのだから。ここで改めて、歴代優勝回数上位者を見てみると、こうなる。
1 白鵬(45回)
2 大鵬(32回)
3 千代の富士(31回)
4 朝青龍(25回)
5 北の湖(24回)
6 貴乃花(22回)
7 輪島(14回)
8 双葉山(12回)
武蔵丸(12回)
10 曙(11回)
これが歴代優勝回数ベスト10である。
つまり10回優勝は、これに次ぐ11位ということになる。ちなみにこれまで10回優勝者は4人いて、常ノ花、栃錦、若乃花、北の富士という、大正から昭和の時代の名横綱の錚々たる顔ぶれが並んでいる。現役引退後も、いずれも弟子から横綱を育て上げた名伯楽であり、NHKの解説でおなじみの北の富士さん以外は協会の理事長をつとめているのだ。照ノ富士はここに並んで11位タイ。大したもんじゃないか。
となれば、次なる目標は曙に並ぶ11回優勝を成し遂げ、ベスト10入りを果たすことだろう。ここのところの照ノ富士は、出場さえすれば優勝しているのだからそう遠からず実現できるだろう。出場さえできればね。
横綱の健康問題はご本人に任せるしかないので、次は大関の話をしよう。
今場所は、大関をめぐる環境は非常に厳しかった。
優勝争いに食い込んでいた豊昇龍は肝心なところで途中休場、最後に横綱を倒して10勝を挙げた琴櫻にしても期待値を下回る出来栄え、カド番の貴景勝は健闘むなしく負け越しで来場所は大関陥落、今場所陥落した関脇で10勝すれば復活だった霧島も届かず、次期大関の足固めをするはずだった大の里と阿炎の両関脇もフタケタ勝ち星に届かず足踏み。いずれもハッキリ言って期待外れの名古屋場所だった。
「大関」という地位は、上に横綱がおり、下からは突き上げられる、いわば中間管理職。大関はつらいのだよ。でも新小結で10勝した平戸海も割りこんできそうな大関昇進レースは、まだまだ盛り上がるだろう。
とはいえ、陥落した2人の元大関には厳しい道が待っている。貴景勝は2度目の陥落だが、2度陥落して2度復活したのは過去に栃東ただ1人。霧島は今場所のみ有効だった特例復活の権利を失うのだが、それでも大関復活を果たしたのは過去に魁傑と照ノ富士だけなのだ。さあ2人がこの過去の記録を打ち払って再昇進を果たせるのか。
そのあおりを食ってか、来場所の番付は関脇5人という超豪華版になる可能性が大。今場所の大の里、阿炎、霧島の3人に大関陥落の貴景勝、それに小結で大勝ちした平戸海の昇進。しかもその5人中4人が幕内優勝経験者で元大関が2人である。ちょっと過去にはなかった事態だと思う。
考えてみたら、これで来場所の幕内には、御嶽海、正代をくわえて4人の元大関が名を連ねる。十両に(たぶん)朝乃山がいるので合計5人の元大関が並ぶことになる。これも豪華といえば豪華、番付崩壊といえば番付崩壊なのだが、これも戦国乱世の一端なのだろう。
NHKの相撲中継で盛んに触れられていたのが、140年のあいだ途切れたことのなかった「青森県出身の幕内力士」がついに消滅するのではないかという危機。青森出身の大先輩、解説の舞の海さんが憂いていた。たしかに、1883年5月場所に新入幕の一ノ矢から延々と続いてきた記録で、こんなのは青森県が唯一なのだ。
名古屋場所の番付では、東前頭5枚目に阿武咲、西前頭13枚目に宝富士、東前頭17枚目に錦富士がいたのだが、いずれも負け越し。初日から4連敗で途中休場した阿武咲と幕尻で負け越しの錦富士は十両陥落待ったなし。今場所再入幕の宝富士も十両まで後ろ3枚半しかない位置で5勝10敗。通常は負け越し1点で1枚降下だから、負け越し5点の宝富士は十両陥落やむなしの成績だ。
ただ今場所は十両上位の成績がよくなく、昇進が見込まれる者があまりいないので、あるいは宝富士はセーフかも知れない。このへんは番付運なので、新番付発表までドキドキしながら待つしかない。さあ大相撲の歴史が塗り替えられるのか?
もうひとつ「春日野部屋所属の関取」が途絶えそうだという危機もあった。東西の十両11枚目に並んでいた栃大海と碧山がともに負け越したのだ。1935年5月場所から89年のあいだ関取が存在していて、現在の大相撲では最長の継続記録なのだが、こちらもピンチである。
二人とも幕下まで後ろ3枚しかないのだが、栃大海は5勝10敗の負け越し5点で陥落必至。ただ碧山は終盤踏ん張って6勝9敗の負け越し3点にとどめたので、ぎりぎりセーフかも。こちらも番付発表をドキドキしながら待とう。
名古屋場所が終わると、秋場所までのあいだには長い夏巡業がある。昔ほどではないが、依然として最長の巡業期間。ここをいかに過ごすかで、秋場所の成績は大いに左右されるだろう。巡業でみっちり稽古し、あるいは他の部屋の力士としのぎを削って、秋場所に備えるのか、あるいはケガや病気をこの機にじっくりしっかり治すのか。
秋場所もまた楽しめる相撲を見せてもらえるよう、充実した夏を過ごしてもらいたいものである。
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