未発売映画劇場「サント対国境の悪魔」
今回は第49弾の「México de mis amores」になるんだが、この映画はあつかいが微妙だ。毎度お世話になっているIMDBのサント情報には掲載されていない作品で、そのほかの映画データベースにも載っていないのだが、なぜかウィキペディアのサントの出演リストだけには含まれているのである。謎である。
いろいろ調べてみたのだが、どうやら1979年10月にメキシコで公開されたこの映画は、無声映画から1970年代までのメキシコ映画のクラシックの名シーンを集めたドキュメンタリーらしい。映画のシーンだけでなく、そこに登場した俳優たちのインタビューも収録されているという。察するに1974年にヒットした、MGMのミュージカル映画の名場面を集めた「ザッツ・エンターテインメント」のメキシコ映画版といったところか。
ただし、IMDBその他の出演者リストに、サントの名前はない。はたしてなぜこれがウィキペディアのフィルモグラフィに入っているのか?
現物を見ることがかなわないので推測になるが、数ある名場面の中になんらかのサント映画のシーンが収録されているのではないだろうか。それならばうなずけないこともない。メキシコ映画を語るには欠かせないサント映画だろうが、決して名作でも上等な映画でもないからね。
ということで、この「México de mis amores(愛するメキシコ)」はサント映画の番外編としておこうと思う。第49弾、終了。
ということで、今回は記念すべき第50弾の作品を取りあげることにしよう。
「Santo en la frontera del terror」は1981年8月のメキシコ公開。前回の「サント対魔の三角海域」が1979年8月の公開だったので、1980年はサント映画の公開は無し。まる2年間のご無沙汰だったのだ。前回の最後にも書いたが、いよいよこの時期にサント映画の、いやルチャ映画の時代の終焉が現実になりつつあったようだ。
タイトルからもわかるように、今回の題材は国境問題。今年(2024年)のアメリカ大統領選挙でも争点になっているように、メキシコーアメリカ国境の不法移民は現在でも深刻な問題なのだが、いまから50年近く前の映画でも題材になっているのだから、長く深い病根があるようだ。
メキシコとアメリカの国境地帯。いましも国境の川を秘かに渡ってアメリカへ向かおうとする男たちの一団、もちろん密入国者たちだ。だが対岸にはアメリカの保安官が待機しており彼らに銃弾を浴びせてくる。ほうほうの体で舞い戻る男たち。国境の町へ戻った、そのうちの2人は怪しげなブローカーを頼って不法入国を果たすが、連れ込まれたのは科学者が管理する農場らしき施設。屈強だが不自然に人間味を欠いた見張りたちに監禁同様に監視されながら作業につくのだが、じつは科学者は恐ろしい裏の顔を持っていた……
ということで、国境を越えて行方不明の2人を探して、たまたま知り合ったサントと相棒(マネージャーかな)が、科学者の農場へ潜入するのだ。
すこしばかりマッドサイエンティストものの風味をきかせているとはいえ、基本的には犯罪サスペンス。資料によっては「不法移民を無理やりゾンビに改造」みたいな紹介もあるが、そんなシーンはない。催眠術みたいな暗示であやつるだけ。まぁ結果は似たようなもんだが。
では、悪の科学者の狙いが何かというと、どうやら不法な臓器密売のようなのだが、そのへんの描写は不充分でピンとこない。このへんはいかにもサント映画っぽいな。
ちなみにだが、映画のラスト、ヘリコプターで逃げようとする悪の科学者を仕留めるのも、相当なビックリ技だ。数あるサント映画の脱力系ラストでも屈指の出来栄えだぞ。
というようなストーリーはともかくとして、けっこう困りものなのは登場人物たち。
密入国して科学者に捕らえられる2人の移民の片方を演じるのはジェラルド・レイス(Gerardo Reyes) ちょいと小太りでチョビ髭のこのオッサン、まぁ大して活躍もしないのだが、なぜか映画の前半では2曲ばかりの独唱をご披露なさる。それもストーリー上ではなんの必然性もなく。
察するに本業は歌手なのだろう(調べたらCDなんかもけっこう出ている) いままでにも何人もの歌手がゲスト出演しているが、ここまでプッシュされているのもめずらしい。大物なのかな。
もう片方の移民はいい男なのだが、その恋人が歌手という設定。なのでこちらがナイトクラブのステージで歌うのは必然性があるのだが、演じるのはカルメン・デル・ヴァレ(Carmen del Valle) こちらも本職は歌手なのかもしれない。
と、またしても文句のほうが多い映画になっているんだが、中にはほっこりするシーンもある。
歌姫には娘がいる(妹かも)のだが、この子が目が見えないという設定。その子がサントと対面すると、いつもやるとおりに相手の顔に手を触れて確認しようとする。ところがサントはいつも通りにマスクをかぶっている。当惑する少女。すると優しいサントは、絶対に脱がないはずのマスクをその子のために外して顔を確認させてあげるのだ。もちろん画面にサントの素顔が写ることはないのだが、サントが自らマスクを脱ぐシーンはこれまでほとんどなかっただけに、ちょっと感動的なシーンである。
そのシーン、同じ部屋には娘の家族もいるのだが、親たちにはサントの顔が見えないように、同行しているマネージャーがコートを広げて両親の前に立ち視界を遮るという芸の細かさを見せる。なかなかやるじゃないか。
ちなみにこのサントのマネージャー(らしい)ハゲでヒゲのオヤジ、この作品だけでなく、何本かのサント映画で設定されているキャラクターなのだが、演じているのはカルロス・スアレス。そう、前回の「サント対魔の三角海域」で悪役を熱演していたのと同一人物なのだ。
いやいや特徴ある風貌だけに、違和感は大きい。このへん無神経な気がするけど、それもまたサント映画か。おまけに前作ではそこそこ迫力ある(でも弱い)悪役だったのに、今回は完全に間抜け役。サントの足を引っ張るばかりで、コメディリリーフとしても非常に不出来である。いったい何のために配置されたのか?
とはいうものの、この映画でのサント自身も、はなはだ頼りない。前記した科学者の屈強の子分との乱闘などがラインナップされているが、なんか殴られて昏倒するシーンばかりが目立つ。さすがのサント御大も、寄る年波で衰えてきたんだろうか。
ストーリー内ではパッとしなかったサントだが、サント映画の売り物である試合シーンではまずまずの見ごたえ。映画の最初のほうで2試合がラインナップされている。だが1試合目が6人タッグマッチ、次がタッグマッチとなっていて、今回はシングルマッチは無し。そのへんもサントの年齢ゆえなのか。ちなみにパートナーや対戦相手でクレジットされているレスラーたちの中には、リンゴ・メンドーサ、ボビー・リーら日本でもおなじみの名前もある。
ただし試合シーンは、どうやら映画用にセットされたものではなく、通常の試合会場にカメラを持ちこんで撮影したもののようだ。なのでカット割りなども適当で、やや見づらい。もはやルチャ映画のためにわざわざマッチメイクすることもできなかったのだろうか。
前回もそうだったが、このへんの作品はどうもDVDなどのソフトが手に入らない。リリースされていないか、されても生産数が少なかったのか。この作品も八方手を尽くしたが入手に至らず、またしてもネット上にアップされていた全長版の動画で拝見した。画質はまあマシなほうだったが、コレクターとしては忸怩たる思いである。しょうがねえなぁ(笑)