未発売映画劇場「サント対ナチの亡霊」
サント映画完全チェック、第44弾は1975年4月にメキシコで公開された「Anónimo mortal」 英語題の「Santo in Anonymous Death Threat」のほうがわかりやすいかな。「匿名での死の脅迫」って、サント映画にしては中身をちゃんと伝えてるタイトルだ。もっとも脅迫ってほとんど匿名でやるものだよね。
メキシコ各地で、殺人事件が相次ぐ。宝石店主や不動産業といったぐあいに、被害者間にこれといった共通点は見当たらず、だが被害者はいずれも事件の直前に殺害の日時を予告した脅迫状を受け取っていた。警察が捜査にあたるが、次に脅迫状を受け取った実業家はサントに身辺の警護を依頼することにする。ところがその直後、警護を妨害するかのようにサントが銃撃される。どうやら事件の背後には組織的な動きがあるようだ。サントの尽力にも関わらず実業家は爆殺される。やがてサントは被害者たちがいずれも、戦後にドイツから移民してきたことを突き止める。事件の背後にあったのは……
あらすじを見ればわかるように、今回はスーパーナチュラル抜きの犯罪もの。そして、サント映画にしては意外なくらいに骨格のしっかりしたサスペンスドラマになっている。いや「サント映画にしては」だが。
一見すると被害者間に何のつながりもない連続殺人の謎が中心にあり、その謎の解が敵の正体に直結するという、当たり前といえば当たり前の作劇なんだが、これまで破綻したシナリオが堂々と展開されるサント映画をたっぷりと観てきた身とすれば、おお意外にまっとうじゃないかと感心したりするのである。これもサント映画の呪いだな。
事件の背後にあるのは終戦時に逃亡したナチス・ドイツの高官の話で、この1975年の時点ではまだリアリティのある話だった。アドルフ・ヒトラーの南米での生存説がまことしやかに噂されたりしていたし、1960年になってようやく逮捕されたアドルフ・アイヒマンの証言から生存説が根強かったマルティン・ボルマンの死亡が確認されたのがちょうどこの映画のころだから、戦後30年のこの時期にはギリギリでまだナチ高官の生存はあり得る話だったのだ。
そのへんもこの映画のまっとうな印象の裏付けになっていたのかもしれない。ナチ高官の逃亡先としては南米が噂されることが多かったのだが、その南米と地続きのメキシコではいっそうだったのか。
まあまっとうな印象があるとはいっても、例によってのツッコミどころは満載。
ネオナチのメンバーは律儀なことに、日常でも常に黒服に赤い鉤十字つきの腕章を着用しており、まことにわかりやすい。そのスタイルのままで、満員の観客席からリング上のサントを狙撃したりするのだから、まあやっぱりその程度の映画なんではある。
もちろん、どんだけしっかりしたストーリーラインがあろうと、探偵役が白覆面のサントである時点で、何をどうしようとサント映画である宿命からは逃れられないんだが(脚本はベテランの脚本家・監督であるカルロス・エンリケ・タボアダ)
じつは今回の「Anónimo mortal」が、サント映画の中でもやや異色なのにはワケらしきものもある。というのも、今回の製作会社は「Producciones Jiménez Pons Hermanos」という新顔で、これまで多くのサント映画を牛耳ってきたフェルナンド・オティスの名もクレジットにない。どうやら製作体制が違うものになったようだ(このあともう一本同じような体制で作られている)
監督も、サント映画への登板はこれ一本きりのアルド・モンティ。そう、「サント対ドラキュラの秘宝」でドラキュラを演じた、イタリア出身のあの俳優である。才人モンティが敢えて起用されたことを見ても、ちょっとだけ「いままでのサント映画とは一味違うものにするぞ」といった意気込みが感じられないこともない。実際の出来栄えはともかくとして。
映画の看板的には、サントと並んで大物女優のサーシャ・モンテネグロが起用されている。のちに途轍もなく出世したあの女優さん。今回は悪役なんだが、けっこうな存在感でサントと渡りあっている。
見逃せないのは、サントの助手だか相棒だか部下だかをつとめるパブロ(グレゴリオ・カザルス)とイベット(テレ・ベラスケス)の男女コンビ。ここ数作、永遠のヒーロー・サント氏もさすがに寄る年波なのか、アクションなどの肉体労働を共演者に譲るシーンが多いのだが、本作でもこの若き男女がサントに代わって酷い目に遭ったりする(この時点でサントは57歳のはず)
男のほうのグレゴリオ・カザルスは、以前に「サント対恐怖強盗団」で準主役ともいえる活躍をしていた。覚えてなかったけど。1935年生まれだから当時40歳くらい。まあサントよりは若いね。
問題は女性のほうで、演じていたのはテレ・ベラスケス(Tere Velázquez) 名字を見ればわかるように、サント映画はもとより、メキシコ・ファンタスティック映画では最高の女王(私見です)ロリ―ナ・ベラスケスの実妹なのである。
へえ妹も女優だったんだ、と思ったが、じつはロリーナ姉さんに優るとも劣らないキャリアの持ち主で、1957年のデビュー以来(ロリーナは1956年デビュー)多くの映画やテレビに出演し、これ以前にはブルー・デモンや暴風仮面ウラカン・ラミレスの映画にも出ているのだ。サント映画はこれが初出演だったので、いままで視界に入っていなかった。ごめんね。
冒頭に書いたように、この映画のメキシコ公開は1975年の4月。で、この年のサント映画の公開は、これ1本のみなのだ。再三紹介したように1973年には6本ものサント映画が公開され、翌年1974年にも3本が劇場にかかっていたのにもかかわらず。
じつをいうと、これ以降もメキシコでのサント映画の公開本数は減少してゆく。サント映画の時代の落日か、それともメキシコ映画そのものの斜陽なのかは知らんけど。
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