未発売映画劇場「サント対暗黒王国」
さてさて、泣いても笑ってもこれが最後。1958年の「サント対悪の頭脳」以来、24年にわたって53本も製作されてきたサント映画(ホントは主演じゃないのもあったけど)をすべて観てきただけのサント映画完全チェックも、いよいよフィナーレである。
数えて第53弾、1982年12月にメキシコ公開の「La furia de los karatecas」 どうやらアメリカでは「The Fury of the Karate Experts(空手家の怒り)」というタイトルで知られているようだ(ホントに知られているかどうかは知らん)
前回の最後にも書いたように、本作は前作「サント対暗黒女王」の続編にあたる。
前回、異世界らしき世界に呼ばれたサントと相棒は、善の「白の女王」と悪の「黒の女王」の争いに介入し、全宇宙のパワーを得られるカギとなる通称・ジャングルガールと東方の王子との結婚を成就させるべく奮闘した。
めでたく黒の女王の野望を挫き、いよいよ結婚式というところで前回は終了。ただし黒の女王は逃亡に成功したようで、禍根は残ってのエンディングであった。
ということで、もちろん今回は帝国の逆襲……じゃなくて黒の女王とその一派の逆襲ということになる。見たところ、前回の敗北にもかかわらず、黒の女王の一派は健在だったようで勢力はまったく衰えておらず、じゃあ前回の戦いはなんだったんだとツッコみたくなるが、まぁいいじゃないか。
前回はこの異世界に到着するまでの長い長い旅路に映画の大半を費やしたサントたちだったが、今回はあっさりと白の女王の宮殿にやってくる。いきなり上空まで飛行機で到着し、そこからパラシュート降下するだけ。またあの長い道中を繰り返すまでもないからかね。
で、またぞろジャングルガールをめぐっての攻防が繰り返される。黒い陣営は巨漢とその子分たち、対する白い陣営はサントのほかに東方の帝国から来た王子の家来たちが、怪しげな空手ファイトで闘うのである。
タイトルにもあるように、ファイトのスタイルはカンフーアクションなのだが、どうも中途半端に見える。1982年といえば、世界はもうブルース・リーどころかジャッキー・チェンの時代である。もうちょっとちゃんとしたファイトは見せられなかったもんだろうか。
もちろん、そのなかでもサント御大はカンフーにはつきあわないで、しっかりとプロレスファイトを展開している。それだけに、カンフーファイトがもうちょっとしっかりしていれば、異種格闘技的名場面を作れたかもしれないのに、惜しいな。
さて、黒の女王の子分でひときわ目立つのが、黒覆面の巨漢である。
プロレス好きならば見覚えがあるかもしれないが、この男はティニエブラス(Tinieblas)という正真正銘の大物プロレスラー。
メキシコのリングでは異色の、身長2メートル近い巨漢レスラーで、メキシコマットでも別格の大物だった。デビューは1971年で、1974年には新日本プロレスに来日、その際にはアントニオ猪木や坂口征二ともシングルマッチで対戦している。メキシコ国内では別格扱いゆえかこれといったタイトル歴はないが、アメリカマットにも登場しており、けっこう国際的にも高い知名度を持っていた。
じつはもともとコミックのキャラクターとして企画され、それにあわせてボディビル・チャンピオンから転身したという経歴を持つ。そういう意味ではサントと同様のバックグラウンドを持っていたといえよう。
サント映画には、過去に「サント対モンスター軍団」などに出演しているが、いずれも怪物役。その後リングで人気が出たのにつれて、本名(?)のティニエブラスとして映画出演するようになり、マスカラスやブルー・デモンとも共演している。その人気から、一時はレスラーを休業して映画出演に専念していたともいう。
サントと、リング上のキャラクターのままで敵役として対戦したのは、じつはブルー・デモン以外ではほとんどいない。ブルー・デモンも最後まで悪役を貫く敵役ではなかった。そうしてみると、この作品で最後までサントの敵側にいて、ついにはサントに敗れる(フィニッシュはスリーパーホールドだ)このティニエブラスは、サント映画の掉尾を飾るにふさわしい大物といえよう。
ちなみにこの映画ではリングネームそのままのティニエブラスの役名でクレジットされている。「暗闇」を意味する名前なので、黒の女王の子分という役柄にはピッタリであろう。
さてこの「サント対暗黒王国」、サント主演の最終作なのであまり下げたくはないのだが、前作と同様に、映画としての出来栄えはよろしくない。
もちろん前作の続編でもあるので仕方ないが、それでも前作の繰り返しみたいな工夫のなさにはちょっとガッカリするぞ。まぁ製作時に、これが最終作という決定も意気込みもなかったのだとは思うが。
そのうえ、またしても脚本というか、プロットそのものの瑕瑾も大きい。前作からずっと続く物語の中心線は「ジャングルガールと東方の王子の結婚を成就させる」だった。
もちろんその過程でジャングルガールが一度死んでしまったりするのは作劇上アリだろうが、紆余曲折あって彼女は復活。サントらの奮闘もあって黒の女王は炎とともに消滅し、これでメデタシメデタシとなるはずが、映画のラストで、なんか知らんがジャングルガールは「全宇宙のパワーとなる」とかなんとか言って、宇宙の彼方へと消えていってしまうのである。呆然と見送るだけのサント、白の女王、そして東方の王子たち。かぐや姫かよ。
彼女と結婚するはずだった王子の胸中はいかがなものかと、余分な心配をしたくなるよ。おかげで映画のラストは、なんか拍子抜けで、余韻も何もなく終了するのである。
いやいや、いかにもサント映画らしい終わり方ではあるんだが。
その薄情なジャングルガールを演じたのはサンドラ・デュアルテ(Sandra Duarte)というブロンド女優。前作を含めて1970年代に10本ほどの出演作があるんだが、「サント対魔の三角海域」にもスパイ役で出ていたそうだ。悪いが記憶にないぞ。
最後になったが、白黒の女王を一人二役で演じた本作最大の功労者、グレース・レナト(Grace Renat)もざっと紹介しておこう。
彼女は1970年代から1980年代にかけて人気があった国民的ダンサーだったそうで、映画出演もけっこうある。
グラマラスな肢体と妖艶なダンスはこの映画でもタップリと拝め、映画の見どころのひとつになっている。たしかにパワフルなダンスは一見の価値があるかもしれない。
だがこのダンスが、ストーリーの進行を大きく遅らせるのだ。今回も1時間半に満たない長さなのに、どうかするとダンスシーンがその2割以上を占めていたのではあるまいか。
特にクライマックス、ジャングルガールをいけにえに捧げる儀式のシーン、サントの救出が間に合うかどうかのサスペンスで盛り上がるべきところで、レナト女史演じる黒の女王が延々と踊り続けるのだ。これはさすがにイラっとする。
そうまでして挿入される彼女のダンスショーには、なまじ見ごたえがあるぶん、できれば別の場で見たかったよなぁと思わされてしまった。残念。
というツッコミどころなどは毎度のことなので、いまさら怒らないが、これが映画撮影技術上の欠陥となると見逃せない。
下の画像をご覧いただきたい。
黒白の女王を一人二役のレナト女史が演じるのだが、作劇上どうしても両女王が同一画面に並ぶ必要があったようで、もちろんCGなどない時代、光学合成いわゆる二重焼きで作られている。
いまさら、もはや使われることのなくなった古の技術を解説してもしょうがないが、いちおう説明すると、まず画面半分を隠すようにレンズを半分覆って撮影し、そのまま今度はレンズの反対側を覆い、演者が逆側に立って再び撮影する。このふたつを合成すれば、あら不思議、同一人物が向かい合って並ぶようなシーンの出来上がりだ。
ということで、白黒女王のご対面シーンが、こちらです。
実際の映画を見ても、このままの画面。で、注目すべきは、画面中央にクッキリと存在する暗黒のライン。これ合成のミスであることは明白だ。
むかし、学生映画を8ミリフィルムで撮っていたころに同じようなことを試みたことがある。その時にボンクラ映研学生がやらかしたのと同じエラーを、いちおうプロのはずの映画人がやらかしているのである。言語道断だと思わないかね、キミは?
ということで、たっぷりと不満を抱えつつ、サント最後の主演映画、第53弾は終了。これにてサント映画完全チェックも終了……と思ったが、じつはまだもうちょっと続きがあるのである。
あと一回だけ、おつきあい願いたい。