未発売映画劇場「サント2世登場」
これまで総計53本の映画を取り上げてきた、このサント映画完全チェックもいよいよ最終回。1983年4月にメキシコで公開された「Chanoc y el hijo del Santo contra los vampiros asesinos」は、正真正銘で最後のサント映画となる。
いささか長いタイトルだが、直訳すれば「チャノックとエル・イホ・デル・サント対殺人ヴァンパイア」英語題も「Chanoc and the Son of Santo vs. the Killer Vampires」(ただし、チャノックとエル・イホ・デル・サントの順番が逆のタイトルもある)
エル・イホ・デル・サント(el hijo del Santo)にはこれまでも数回触れてきたが、今回初めてタイトルロールに登場。いうまでもなく「聖者」サントの息子(11人兄弟の末っ子だとか)で、すでに数本のサント映画で子役をつとめたのは以前に紹介したとおり。プロレスラーとしてもいくつかのリングネームでの前座レスラーを経て、1982年10月にサントの息子として白銀の覆面で正式デビューしている。
そしてこの映画は、息子サントの主演デビュー作であり、同時に父サントの最後の出演映画である。
いわば父から息子への玉座禅譲の作品なのだ。
ポスター右下、そして今回のタイトルにも使わせてもらった写真が映画冒頭の玉座禅譲のシーンだ。
どこかは知らないが、洞窟のようなところに連れてこられた青年が、サントから覚悟を問われ、合格したのか、ボーンと煙が上がると、あら不思議、エル・イホ・デル・サントの出来上がり!
これで、父サントの出番は終了。完全なカメオ出演だった。
そして、この映画の公開からほどなく、1984年2月5日にサントは世を去った。
さらば、サント。
なので映画はこのあとは完全に息子サントの主演映画となり、父と同様に謎の怪事件に挑んでゆくことになる(だが映画のタイトルにあるようなヴァンパイアはじつは登場しない。それじゃダメだろ)
マスクやコスチュームのデザイン、アクションのスタイルなどは父を踏襲している。製作会社も監督ラファエル・ペレス・グロヴァス(Rafael Pérez Grovas)も「サント対国境の悪魔」「サント対死の商人」に引き続きだし、1970年代以降のサント映画ではほぼレギュラーだったカルロス・スアレスもちゃんと同じような役で出演している。息子に代変わりしつつもサント映画たる形式はしっかり維持しているのだ。
だが、大きな相違点がひとつある。
父サントはスーパーヒーローであり、ほとんどの映画ではリングコスチュームのまま活躍するのだが、この点だけは息子サントは継承していない。
ふだんのエル・イホ・デル・サントは、試合シーン以外では、マスクもコスチュームも着けていない。いかにも1970年代ふうな衿の大きなシャツとベルボトムのパンツというファッションで、ごく普通に生活し、探偵活動もしている。どでかいサングラスに付け髭で、素顔がわかりにくいようにはしてあるが。
そしてここ一番、いよいよバトル開始という時になると、ボーンと煙が一閃して、白銀覆面のサント・スタイルになるのだ。
そう、父サントはあくまでプロレスラー(ルチャドール)だったが、息子サントは、仮面ライダーと同じような変身ヒーローなのだ。
この違いは、けっこう重いと思う。
やはり1980年代に入ると、こうでもしないとリアリティが感じられなくなっていたのか。そして、これがこのジャンルの滅亡につながった象徴的なことなのだろう。
その後、エル・イホ・デル・サントの主演映画は、この作品を含めて5本だけで頓挫している。
偉大なる栄光の歴史は、こうして途絶えたのだ。
ちなみに、息子サントの相棒をつとめるチャノック(Chanoc)は、メキシコのコミックヒーローのひとりで、漁師を本業とする冒険家。1959年からスタートしたコミックシリーズで人気者となり、この映画以前にも何度も映画化されている。サントと同様にスーパーナチュラルな敵役と闘うことが多かったらしい。今回はネルソン・ヴェラスケス(Nelson Velázquez)が何代目かのチャノックに扮している。が、これ以降の映画化はない模様だ。
ということで、これで不世出のスーパースター、サントの出演映画をすべて観ようというサント映画完全チェックはコンプリート。
第1回の「サント対悪の頭脳」を紹介したのが2017年11月6日のnoteだから、ちょうど7年ほどの歳月をかけてしまったことになる。まぁそれだけサント映画の陣容は偉大だということだ……
と締めくくろうと思ったが、じつはもう1本、見逃せない映画があることに気づいた。
ご存知のとおり、2017年の「リメンバー・ミー」 もちろんメジャームービーで未発売映画じゃないし、ちゃんと日本公開されているディズニー/ピクサーのアニメ映画だ。死者の国にまぎれこんでしまった少年ミゲルの冒険を描くファミリーピクチャー。
そもそもメキシコを舞台にした作品なので、なんとなくサント映画に慣れた目にも馴染みやすかった(そんなこともないか)が、この映画にサントが登場しているのだ。
死者の国の超セレブのパーティーに潜りこもうとするミゲルが入場者の列に並ぶと、そのすぐ前に並んでいるのがほかならぬサントなのだ。
受付の男がサントのファンで、記念撮影をせがむと、さすがは超大物、鷹揚に応じる。出番は以上。
ほんの1分足らずのカメオ出演だが、これが重要なのは、この映画が2017年んに作られていること。
死後じつに30年以上を経てなお、こうしたところにサントの名前と姿が出現するという事実が、いまなおサントの存在がメキシコ文化を象徴するもののひとつになっていることの証明だろう(余談だが、映画冒頭で少年ミゲルが憧れるレスラーのマスクは、サントの盟友ブルー・デモンのものだった)
偉大なるかな、サント。
サントは永遠に不滅なのだ(たぶん)
ともあれ、長きにわたってダラダラと続けてきたサント映画完全チェックはこれにて本当に終了します。惰性と意地っぱりだけの産物ではありましたが、おつきあいいただいた方々(どのくらいいらっしゃるんでしょうか?)、ありがとうございました。
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