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ジャッキー・チェンと勝負する・追撃戦(4)
今回は、2004年の「80デイズ」
原題「AROUND THE WORLD IN 80 DAYS」からもわかるように、かのジュール・ヴェルヌの古典冒険小説『80日間世界一周』を原作と仰いだ、つまりは1956年の名作「80日間世界一周」のリメイクだ。
煎じ詰めていえば、ヴィクトリア朝ロンドンの資産家フォッグが、賭けに勝つために、当時は不可能と思われた80日間での世界一周に、執事のパスパルトゥーをお供にして挑戦するオハナシ。前作同様、多彩なゲストスターがにぎやかに登場する。
前作の「80日間世界一周」はトッドAOなる独自のワイドスクリーン方式で撮影された、上映時間169分の超大作だった。
それに対して、今回のリメイク版は、120分という時間制約もあって、スケール感は到底1956年版にはおよばないが、肩の凝らない娯楽作品としては及第作以上の出来栄えだろう。
興行的にはコケたようだが、私は楽しんだぞ。
まあ、面白い作品がヒットするとは限らないのが、映画の世界。興行である以上は仕方ない。
ここで気になるのは、なぜジャッキーの主演映画として、この題材が選ばれたのか、だ。
というのもこの物語の主役、本来は、イギリスのコメディアン、 スティーヴ・クーガンが演じるフォッグ(前作ではデイヴィッド・ニーヴン。今回は資本家ではなく発明家に変更)であり、ジャッキーが演じるのはお供の執事パスパルトゥー。脇役じゃん。ジャッキー・チェンの役柄としては、ふさわしいとはいえない。
原作でも前作でもフランス人のこの役を、かなり強引に中国系に変更してまでジャッキーを起用した真の意図がどこにあるかは知らないが、おかげで、どっちが主役と思えばいいのか、いささか混乱する。前半は何となくジャッキー中心に回っていた話が、後半はいつの間にかフォッグ中心の話になってしまうからだ。
本当ならばジャッキーを上回る大物スターをフォッグ役に充てるべきだったろう。そうすれば、映画を見ているうちに感じた何ともいえない腸捻転感はなかったろう。
ま、そんなことは実はどうでもいい。
この映画は、「80日間世界一周」としても、あるいはハリウッド製の大型娯楽映画としてもさほどの成功は収めていないが、ジャッキー映画としては見事に成立しちゃっているんである。
ジャッキーをあえて起用したことで、「パスパルトゥーを中国人にし、その彼がなぜ世界一周に同行するかの理由づけ」をストーリーに盛り込まねばならなくなった。よく考えればストーリーの枝葉の部分のはずのここが、じつはけっこうどころではなく、ジャッキー映画なのである。
ジャッキー演じる中国人、本名ラウ・シンは、故郷・中国の村から悪将軍によって盗まれ、イギリスに持ち込まれた翡翠の仏陀像(余計なことだがこの小さな像、どう見ても仏陀でなく布袋和尚だぞ)を、逆にイングランド銀行から盗み出し、追ってくるスコットランドヤードと悪将軍の手先から逃れて中国へ戻るため、フォッグの旅行に同行するのである。おお、「アジアの鷹」の先祖みたいだぞ。
この点は、原作や前作よりも、旅行に同行する動機づけは、はるかに上出来ではないか(その代わり英国紳士の誇りに満ちていたフォッグは、ここでは単なる変人の発明狂にされたが)
そして、中盤のヤマ場、中国の村での決戦は、けっこうジャッキー好きの血が騒ぐ展開になる。
まさかここで黄飛鴻(ウォン・フェイホン)が登場するとは。おまけに演じるのが、ジャッキーの師兄サモ・ハンなのだから、してやられた。「ドランクモンキー」で黄飛鴻を演じて出世作としたジャッキーが、ここは当たり役を師兄に譲った格好だ。
さらに、かの「広東十虎」までもが全員で登場する!(厳密には十虎の一人だったのは黄飛鴻ではなくその父親の黄麒英だけど) このシーンの盛り上がりは、香港映画を長く見てきたものには感動もの。しかも、ちゃんと「黄飛鴻のテーマ(将軍令)」がかかるし、ちょっと感涙。
このシーンでダイナミックに展開されるカンフーアクションは、かつてハリウッド進出初期に見せた、情けないカンフーとは比べるべくもない本格派。悪役にジャッキーの秘蔵っ子であるダニエル・ウー(呉彦祖)が起用され、武術指導はもちろんジャッキーその人が当たっている。
惜しむらくは、ジャッキー人脈を最大限に駆使したこの最大の見せ場が、たぶんこの映画を見にきた観客には、ほとんど伝わらなかったことだろう。仕方のないことではあるが、クライマックスではなく映画の中盤にセットされてしまったので、映画全体の中での印象は、さほど強くなかったかもしれない。
「ドランクモンキー」などのジャッキーの空手アクション時代、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」などの黄飛鴻映画も、いつの間にか遠い過去のものになっていたということか。
ジャッキー自身は意に沿わなかった映画だと述懐しているいうが、このシーンだけは、けっこう楽しんで作ったのではないか。
そう考えると、なんとも惜しい気がする。このカンフーアクション・シーンだけでも、もうちょっとジャッキー・ファン、それも年齢層高めのあたりにアピールしてもよかったんじゃないかな?
そもそも子供向けのファミリー映画なんだから、やむを得ない。そして、これがジャッキーのハリウッド専念時代の最後の作品になったのも、無理はないと思う。