ジャッキー・チェンと勝負する(10)

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第10弾は「WHO AM I ?」。お、また新しめになったな。

本作は、1998年の作品。香港ではこの年の春節(旧正月)に公開された(日本公開は遅れて翌年の11月)。この年号は重要だ。1997年7月に香港が英国から中国に返還された、その最初の春節に上映された映画なのだ。

1997年の香港返還に先立つ、1980年代半ばから97年までの十数年間は、香港映画がもっとも盛り上がった時期だった。カラテとコメディだけの印象が強かった香港映画から、次々と目新しい作品が発信され、新時代を築いたのだ。

派手なガンアクションを中心にした「香港ノワール」、ワイヤーワークと特撮を駆使する「香港ファンタ」、海外の映画祭でも絶賛されるような「香港ヌーヴェルバーグ」をはじめ、「ゴッドギャンブラー」とその無数のパロディ作を生んだ「ギャンブル映画」、壮麗な衣装とスケールの大きなストーリー展開で見せる「古装片」(時代劇)、実際に起きた猟奇殺人事件を再現する「奇案片」、そして成人指定映画の「三級片」にいたるまで、様々なジャンルが生まれ、ヒットした。

日本へも、おりからのレンタルビデオ店の隆盛に乗り、大量の作品が流れ込んできた。映画祭まで開かれた。香港映画は、香港だけでなく、日本でもブームとなっていたのだ。そして、97年を境に、こうしたブームは去ろうとしていた。

そんな時期に登場したのが、この「WHO AM I ?」だった。香港映画ブームの前から香港映画を支えてきたジャッキー・チェンが、その締めくくりとして作り上げた大作だ。

私はこの「WHO AM I ?」、香港での封切りで見た。ここまでの十年くらいで何度も香港を訪れ、多くの映画を現地の映画館で見てきていたが、ジャッキー・チェンの作品を香港で見たのは、これだけだ(日本でも確実に見られるから、わざわざ現地で見なかっただけだが)。そして、この作品に、ジャッキー・チェン映画の一つの完成形を見た気がした。

物語を簡単に言うと、記憶を失った特殊部隊員が、自らの記憶を追う過程で国際的な陰謀と戦うことになるという、ある意味他愛のないものだが、そこに注ぎこんだジャッキーの意欲とパワーは、半端でない。

前半のアフリカでのパートは、それまでのジャッキー映画とはかなり違う雰囲気を感じる。記憶を失った兵士を演じるジャッキーは、セリフもろくになく、ユーモアを少なめに抑えた演技とカーアクションで、硬質な展開を見せる。

それが、後半になって舞台がオランダに移るあたりから、がぜんいつものジャッキー映画に変貌する。体術とカンフーを駆使し、ユーモアを盛り込んだアクションは、まさにジャッキー・チェンの粋を集めたものといっていいだろう。

そして、ハードな前半といつもの後半が、じつにスムーズに、すんなりと、違和感なくつながっていくのだ。これ、出来そうでなかなか出来ない芸当だと思うよ。

香港映画でありながら、一度も香港の地を舞台にせず、キャストもジャッキー以外に香港人俳優は登場しない、ワールドマーケットを意識したこの「WHO AM I ?」は、やはり香港返還をひとつの節目に考えたジャッキー・チェンの勝負作品だったのだろう。

そして、この作品を最後に、ジャッキーはアメリカへと拠点を移してゆくのだ。

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