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民族性ハイコンテクスト③ * 小説

安奈って子はオレの元カノね。

語っているのは作家で実業家の男だ。
カフェで椅子を片づけ終わったスタッフ二人が近くのソファに身を沈める。

なんか、重い話ですね。

彼女は雰囲気が独特で、人と目を合わさないんだよね。
無表情で何を考えているのかわからなかったから、彼女の日記を読んでしまった。
怒られるかと思ったら、電話もメールもブロックされた。
それで終わり。二度と連絡はとれなくなってしまった。

その日記の内容が、さっきの話だったんですね。

そう、彼女には悪いことをしたとは思うけれど、だからといって話合いもせずに遮断されたんだぜ?
イジメにあってしまうのも、そういうコミュニケーション能力の低さが原因だったんじゃないかって、思えてきてね。

男は一冊の本を手に取る。
『アウシュビッツの図書係』
その日、読書会でとりあげた本だ。

ユダヤ人虐殺はヒトラー、ナチスがやった極悪非道なことだし、あってはならないことだけれど、それが初めてのことではなかったんだ。
歴史的に、紀元前の昔から、ユダヤ人は移住する先々で迫害されたり虐殺され続けていて、これほどまでにイジメの標的にあっている民族は、他にないよ。
その安奈って子も、確かに暴力や猥褻や虐待はあってはいけないことだけれど、それを誘引する何かが、彼女にもあったんじゃないかと思うのは、オレがフラれたからかな。
オレのことも日記に書かれるんだろうな。

あのエキゾチックな病院も、日記に書かれていたんですか?

あれはオレが作った。フィクションだよ。
日本人がハイコンテクストな民族だって実感するのは、外国で体調が悪くなった時。
単に痛いという表現でも、チクチクとか、ズキズキとか、これって他言語では表現できない独特のものだよね。
そういう、共有された感覚は日本人同士では通じても、外国人には通じない。
でももし、命を預ける相手が異国民になったら、どう思うのかなと思ってね。

ユダヤ人迫害も、根本的にはそういう感情とは無関係とは言えないと思うし、とはいえ『郷に行っては郷に従え』って言葉があるように、異国民側も日本のルールに従ってほしいよね。彼らのルールを持ち込むのではなくてね。

お互いを尊重しあうってことですね。

それが一番難しいことなんだけどね。


おわり。



前回までの話はこちら。



あとがき

最後は全部、作家に語らせたんでね、説明しすぎは興ざめになるのでやめておく。
こんな長文を、誰が読んでくれると言うのか。
自己満足じゃないのか。
もともと、誰にも求められてはいなかったじゃないか、なんて自問自答しながら書いた。
でもやっぱり、反応は気になるよ、うん。
優しい反応が良いなー。なー。なんてね。