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真・猟奇事件簿 怪人鬼畜蛹 前編

ダイヤモンドのようにキラキラと輝く宝飾を黒のワンピースドレスの上から身につけた女が、宮殿のような廊下をキャスターを転がし引いて歩く。


クラシックな作りのダイニングワゴンを引いている。


光沢の光り輝くツヤツヤとした廊下には女のヒールの音がカツンカツンと上品に鳴り響いて、この長い廊下もが高級空間であるように知らしめている。


ある一室の扉を開けた。

「ディナーをお持ちしましたわぁ」

部屋には、裸姿で椅子に縛り付けられた男がいた。

縄により何周もグルグルと身を固められた男は何故か上手く喋れないようで、口をモゾモゾと動かしているきりだ。

ワゴンに乗せられた、ドーム状の銀のクローシュ。

女は菊を模ったようなドームの持ち手部を気品溢れる指先に流れる動きを用いてつまみあげた。


パカリと開いた先には。


サラダの葉に添えられたウィンナーのような肉の棒が、五本。

よく見ると五本の先端ともに爪が生えていた。


赤、茶く、ところどころ皮むけ、皮膚の下の赤々しい肉がはっきりと見えている。


手前には、黒と白の眼球が、二つ。
黒目部分はスチームされたせいか、灰色白く濁っていた。


「えアワーッ!!やっメーッ!ローッ」


「ンっフフフ、フフフ」


ホーホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!!!!

ホッホッホホホ!

「ムシャムシャお食べっ!!」

眼球にフォークを突き刺し男の口内にねじり入れる!


男は必死に口を閉じようとするも、フォークを口元にグサグサぶつけ痛みにより口を強引に開けさせる!

男が苦痛のため口を開いた隙を、眼球が串刺しにされたフォークを捩じ込む!


「ブッ!!ハッ!!!」

「モグモグお食べぇっ!!!」

女は物凄い怪力の力で、男の顎を掴み強引に上下させる。


「グ……ッブッ!」


男の頬はハムスターの様に膨れ上がり、吐き戻す一歩手前になるが、女は男の鼻を摘み唇上下を掴み捻りあげる。


「美味しくお食べぇっ!!!!」


口を結ばせたまま喉を押さえ無理矢理天を向かせる。

「ヴヴヴ……ヴヴッ……!!」

男の喉元を見て爛々とした女の目が更に丸く拡大され光った。


ゴクッと彼女は唾を飲み込む。


次の瞬間、女の口が、縦に鮫の様に大きく避け、目は黒い空洞の様に変化した。
顔の大きさは異様に大きく、さっきまでの女の貌じゃない。
男は自分の喉に待ち受ける女の口の底に宇宙を覗いた様な思いがした。


男はすぐに喉の肉を持っていかれ叫びもできず、それから顎の上全てを食べられた。
下の歯茎に下の歯が刺さっている様子がすぐに丸見えになり、骨が砕け肉が引きちぎられる音が室内にこだまする。

男は物言わず、女に食べられてしまった。


これは女の食事の時間だったのだ。

食事に食事を食べさせることは食事前の儀式だった。

次に、女はナイフを取り皿の上に転がる指を次々に串刺すと、あーん、と一つずつ噛んで口の中に入れていった。
その顔は、ちゃんとさっき迄の、人間の顔をしていた。

女は食器をそのままに、急に翻って自分の部屋らしき一室へといなくなる。
自室、それともドレスアップルームか。

壁全面には、クローゼットが囲む様に埋め込まれて、奥には大きな華やいだドレッサーが、女優を照らすような豆電球のライトが両端に嵌め込まれて置かれてある。


女はドレッサーの前の椅子にことん、と座ると頸(うなじ)に両腕を滑り込ませ、髪をパサッとかき上げた。


ドレッサーの飾り台には、ピンクやエメラルドの色をしたアンティーク的なパフの付いた香水瓶が、これまた宝飾品のように並べ飾り立てられて置かれており、まるでクリスタルの花畑のように鮮やかにライトを反射し光っていた。

女はおもむろにドレッサーの引き出しを開ける。そこには……


意匠が凝らされた細工の美しいガラスケースがこれまた仕舞い込まれており、中には、…………虫、虫の蛹。が指輪や時計のように、一つずつ収納されていた。
#蛹__さなぎ__#も多種多様なカラーをしていて、色んな虫の種類の様だ。

ケースの蓋を開けて、女は二つの蛹をおもむろに取り出した。


一つの緑の蛹をブチッと両側から引きちぎると、中からデロンデロンとした、黄ばみがかった生クリームのような液体が垂れ出てきて、それを自分の顔に点々と落とし、パックや化粧水のように塗り込んでいく。
パタパタと時にはパッティングをしながら、唇にもリップクリームのようにヌリヌリと塗り込んでいく。
虫クリームが体温によりジュワァと溶け込み皮下まで浸透していく。細胞に押し込む様に、女は顔中塗りたくった。


次に緑と焦茶の蛹を優雅に片手で手皿を作り指で摘んで取り出すと、真ん中から割る様に引き裂いた。

内容物を自らの口で受ける。


それはまだ未形成のクリーム状で、草と木の実のようなコクと風味がし、時折、唇や舌に、出来損ないの#具__・__#が絡み付いた。
喉奥まで嚥下する。

さらに茶色の蛹を取り出すと蜜柑を向く様に蛹をぺり、ぺりと剥いていく。

すぐに人間にすれば胎児の頭の様な、ツルツルの丸い頭が飛び出して、虫の目は瞑られている。
まだ形成されていないかのように。

女は口にしゃぶるようにまだ出来かけの虫の頭を含み、カリッとかじった。

先程の男と同じように口らしきあたりから上が全て無くなった。
ただし人間と違って断面は全て緑のグジュグジュしているだけで、まるでセロリを齧ったみたいなものだ。


とうとう剥いて全部を食べてしまう。


女は満たされてドレッサーの鏡に映る自分の顔を首を突き出して覗き込んだ。

よく見ると顔には違和感がある。

鏡に映った女は男の顔が化粧をしていた。

彼……#鬼畜蛹__きちくさなぎ__#は女装をした男だったのだ。


ドライフルーツを食べるようにおやつ感覚で未成熟な虫を口にした鬼畜蛹は、アンティークなポールスタンドの前まで歩き、黒いつば広のハットを取り出し自分の頭まで被せると

「ホッホッホッホッ。じゃあ新しい獲物を探しに行きましょうかねぇ」


すっかり街へ繰り出す準備を整えた。

1    俺たち仲良し四人組


中学一年生の要太は、いつも仲良しのクラスメイトの友人達と、揃って下校の帰り道を歩いていた。

季節のために夕刻をまわっても夕焼けの赤みとは無縁の白い雲と青い空の下だった。

じんわじんわじんわ。じんわじんわじんわ。

そして無性に汗ばみ、暑かった。

丁度大公園の広場の脇を連れだって通る時だ。


「おまえたち今週の週刊みかんオレンジ見たか!?「タイム#魔神__マシン__#王ガーゼル」見た!?なにっ!?まだ見てない!?そっかそっか。じゃあ未読者のためのネタバレ行きまーす!!心して聞けよー!」
「はー!?おまえマジやめろっ!!ネタバレはマジ殺すっ!ネタバレはーっ!!」
「はいネタバレ!!姫は殺された後すぐに蘇生魔法を使われアンデッド姫にされましたー!!」
「おまえふざけんなよー!?殺すーっ!!!!」


ちょっとガキ大将っぽい太っちょの米村とひょろっと体の長いのっぽの美山が騒がしく言い合ってる様子を、後ろで要太と佐竹の二人は笑って聞いていた。


そばかす顔の佐竹は要太に向かって、急に顔色を変え、心配そうに聞いてきた。


「…………なぁ、要太さぁ…………」

「なぁに?佐竹ー」


佐竹は茶色い点々が広がる自分の頬をポリポリとかき、なんだか言いにくそうにする。

「…………あのさぁ………、要太、八錯先生に、…………何か変なことされてね…………?」

八錯先生とは、最近、産休になった担任女教師の代わりに、他校から赴任してきた新しい担任の男教師の名前だ。

外見はそれなりに色男といってよさそうな容姿をしていて、女親達の受けは良さそうだが、要太達生徒からはどうにも評判が悪かった。


かなり明るい茶色のパーマのヘアに、香水の匂いがいつもプンプンとキツく漂ってきて、子供達の目から見て、まるでホストのようないかがわしい雰囲気は嫌らしく……それに…………言い知れぬ不気味さがいつもするのだ。


生徒達の不人気の原因は、ほぼその漂う不気味な存在感にあるといっても過言じゃない。


「されてないよ~?どうして~?」

「俺………見ちゃって」

困り顔の佐竹は続ける。


……ある日忘れ物を取りに教室に向かったらさ…………八錯先生が

要太の運動着に顔を埋めて


ハァ   ハァ   ハァ    ハァ

  ハァ      ハァ   


して、股間の部分を


ベロッ      ベロッ

    ベロッ      ベロッ

舐めてたんだよね…………。


「エ~~~ーーーーッ!!」


要太はそれを聞いて顔色を見る見る変え悲鳴を挙げた。


「あーー!俺も見たぜ見たぜ!八錯のやつ、下駄箱で要太の靴をこっそり舐めてたぜ!」

米村も話に入ってきた。

新たな証言に要太は半泣きになった。


「早く言ってよ~~ーー!!履いてるじゃん!!!!」


2      八錯ハウスにカモン

それなのに、折角の休日に要太は佐竹と二人で、八錯の家に課外授業のため向かうことになった。


両親は、折角担任の先生が呼んでいるんだからちゃんと行きなさいと怒るし、今頃は佐竹が佐竹の両親に、八錯は実はこんな奴だと打ち明けているかもしれないけど、佐竹はこれまで嘘をついてお小遣いを多く貰ったりしてバレていたり塾を嘘ついてサボっていたりするので、佐竹の両親は佐竹の話なんか信じてくれないかもしれなかった。

結局日曜日、要太は待ち合わせ場所に佐竹と二人で顔を突き合わせていた。
それだけじゃない。
米村と美山もいる。
四人組の中で一番弱そうに見える要太を守ろうと、二人が駆けつけてきてくれたのだ。


要太はショルダーから下げるスポーツバッグを、佐竹はノートを三冊ほどペンケースと一緒にブックバンドに留められたものを手から提げて持っている。


やはり今日も暑くてうだる中を、四人組は熱気が漂うコンクリートの道路から、土を踏みしめるような街外れの山近くにまで歩いて辿り着いた。

八錯の家があった。


裏には誰かの持ち山であろう山、隣には閉鎖されているような植物園っぽい公園と、竹藪や雑木林がある。


随分静かなところに家があるものだ。

その家も、ちょっとした豪邸だったから四人組は驚いた。


「洋服の青○みてーな入り口……」

「ばっかセ○モだよ、セ○モ」

「シダ○クスだ!シダ○クス!」


口々にはしゃぐ米村と美山と佐竹。


以前テレビで見た、マリーギャ○ソン 珈琲西洋館の建物が一番近いんじゃないのかなと、要太は八錯先生の家を見上げて思った。


ギギギギギギギギギギギギギギギギギギィィィィィイ


「やぁ………………ようやく……………来たようだねェェ……………………」

八朔先生は不気味な笑みを浮かべて四人を出迎えた。

3 標本の家


中は薄暗かった。窓は無く、大きな照明は灯されておらず、足元の小さなランプライトが仄かに照らすのみの廊下を、四人は八錯先生の後に進んだ。

外とは違ううって変わって不穏な空気が家の中に流れているのを四人は感じた。


廊下の壁に飾られてあるものを見るなり、四人の顔は青ざめた。

小声で囁き合う。

「なっ……なんだよ、これぇ」


蝶だった。

蝶が標本のように、壁一面に飾られていた。

しかもただの標本ではない。


普通ならケースの中にでも入れられ、小さなピンが何本も、蝶の羽の輪郭をなぞるように囲い込んで刺され留められているものだが、それはまるで、ヒラリヒラリと家内に迷い込んできた蝶が誰かの手によってそのまま壁にグサりと縫い付けられたかのように、剥き出しの蝶が、蝶の基部となる真ん中の本体に、五寸釘のような太い釘が一本刺さって壁に張り付けられているのだった。


部屋の奥まで案内するように、五寸釘に打たれた蝶が連綿と続いている。


口には出さないけど四人の誰もが、もう帰りたくなった筈だ。

(……帰りたい)

(……帰りたい)

(…………帰りたい)

(…………帰りたい)


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