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【番外編】安倉野学園に赴任してきた教師



それは、沼間道也が安倉野学園に転入してくる、一年前の秋の季節。

教師、尾儀原 鷹央 おぎはら たかおは、安倉野学園へと新しく赴任が決まった。


そこで新しく一クラスを請け負う予定だ。

どんな学校なのだろう?尽きぬ予想と心配事と期待。


ふふ、と自分の左手にある薬指の指輪を噛み締めるように笑って触る。

教師としての理想的な学園生活を願って、明日に訪れる新たな自分の舞台への想いめぐらせはほどほどにしようと、彼は早々にベッドへと入った。

勿論、赴任初日から遅刻しないためにーーーー。



1



奇妙な、学園だ。

それが彼の、学園への怪訝な第一印象だった。


着いて早々に自分の手荷物から、携帯電話から、インターネット通信出来るPCまで没収された。
あれは仕事にも使うし、海外に遠く離れた婚約者との通信にだって使うのに……。悲惨だ。どうしろって言うんだ。途方に暮れた。何なんだよ。
彼女にどう伝えればいいんだ。関係が終わってしまう。


……やりきれない溜息と共に見渡せば、学園の建物は、確かに創立された時代が誇る、味のある名建築であり壮観だった。
聞けば、外国の設計士が設計を描き、どこもかしこも建築されたらしい。

前庭に臨むホールの大きな窓が、校舎の最も象徴的であり、外観から見ての最大の特徴となる部分で、高価なステンドグラスが嵌め込まれている。
そこから外光がキラキラと光差し、内部を明るく照らし出し、学校らしい健やかなる雰囲気に至らしめている。

校歌にも聖書の一節が題材として組み込まれているし、パッと見、ミッション系のスクールに思えてしまう。だけど、どうやら、そうでは無いらしい。


生徒達が昼食を取る大食堂は、昔のイギリス映画やアメリカ映画の全寮制寄宿舎物によく出てきた光景の場面そのもので、吹き抜けの天井に暖炉と、高い天井から吊りかけられた照明器具は、空間そのものに創られた年代の年季を感じさせる。

昔の人が一生懸命拵えて現代尚、維持し現存させている、人間の手間暇がそこここへと浮かび、染み込んでいる。
経年変化し濃く変色した、風合いの増した柱一つにさえも。
明治に西洋建築なんて建てるだけで大変だったろう、職人の労苦が知れる。それもこんな山奥に。


やはり創立が明治と古いがため、敷地内の建造物は見た所、全体的に低層な作りをしていた。

どこもかしこも趣があり、緑の明媚と合わさる学園内の風景は、異国がそのまま丸ごと移築されたようだった。

どこからか合唱の声音が聞こえる。
男子校なので、アルト・テノール・バリトン・少ないがバス……の重なり。ボーイ・ソプラノは聞こえて来ない。



2



あーあ、このままじゃ、俺から一方的に音信不通にしたことになり、婚約解消になってしまう。
海外赴任から彼女が無事日本に帰国した暁には、結婚に進む予定だったのに……。

困惑した頭を掻きむしりながら、慣れない職場を、覚えるがてら歩き回っていた時だ。

午後の日の差す長い直線廊下を曲がり

保健室、と書かれているプレートの下の扉を通りがかった。
通過しようという、その時。

「ぁ……あ……ッ…………!!あ…………あ…………ッ!!」

なんだ。尾儀原は立ち止まる。

「まさか……が……なに…………なんて…………」


「まだ……まだ……出せる、だろうっ……!」

二つの異なる声音が混ざって聞こえる。
どちらも男の声だ。

「…………俺を、雄で掻き回せ……ッ…………俺に雄を突っ込んで、掻き混ぜろっ…………!」


耳をそばだてると次の瞬間には……


「ァッァッアァァッアアア!!」


一際大きな喚声が聞こえてきた。これは、俺の耳が確かならば、アの時の声だ。
人が最も動物に近しくなる、アの時の。

かたわらに別の教師が通りがかった。中年の男性教師だ。


「あ……あの……これは」
「ッ……くァッァアアアアああ!!」

話かけようとした自分の声が、喘ぎに掻き消される。

信じられないことに、こんなにハッキリ聞こえている喘ぎ声を前にして、男性教師は素知らぬ顔をして保健室の扉を一瞥したきり、去っていった。


呆然としている。

呆けて、時間が経ってもそこに居たら、突然扉がガラガラと開いた。

銀の髪をした体躯の立派な生徒が出てきた。

「邪魔だよ。オッサン、どけ」

肩に思い切り体をあてられ、痛く突き飛ばす様に生徒は去っていった。

その声は、あの喘ぎ声の主だったーーーーー。




3





深夜。

まだら惚けた目覚めだ。

流石に本日の緊張が深い眠りを妨げたか。

真夜中の2時なんて時間帯に起き出してしまった。頭を掻きながら、下の自販機まで、飲み物を買いに行こうと自分にあてられた居室から出た。
暗がりの廊下に煌々とした電灯が局所の眩しさを放つ自販機から、落下音と共にアルミ缶の飲料水が出てきた。そいつを持ちながら、何となく外に出てしまった。

丑三つ時の夜空の外は、まだ蒸した風が吹いている季節。仰げば、濃紺の空にチカチカした星がまぶされている。
夜なりに、まんまるい月を、灰色の雲が覆っているのが見える。
虫の声が草叢の間から、木々の陰から、密やかにする。


中庭の辺りまで出ようかと、教員宿舎との、丁度中間地点をブラブラしていた時だった。

暗闇を誰かが歩いている。ガサガサ歩き音を出しながら。

背の高い男が草の茂みの中を、何かを引っ張っている。


……犬を、引っ張っている?


明かりの覚束ない中目を凝らすと

驚いた。男が草をかき分けながら歩かせているそれは犬じゃなかった。人だった。


黒い目隠しに、口には黒いベルトを嵌められ、赤い首輪をつけられリード紐で引っ張られた、確かに人だった。

裸の、男だ。形や肌質から10代だ。


「たまの外は気持ちがよいだろう。夜風が涼やかで。や、今日はちょっと蒸してるな。裸の君には、丁度いい気温であるが」

「………………」


首輪の男は、四本の手足で這い歩き、口にベルトがハマっているので当然何も答えない。

「……さっきからマーキングしてないよね。片足をあげて、ちゃんと各場所で点々とトイレをして良いのだよ?さっきあんなに水をたらふく飲ませたのだから」


そういって、リードを持つ男は、かしづく様に踵を立てて屈み、首輪男の腹を両手で揉み込んだ。

その場に うずくまる首輪男が嫌がって首をふる。

「プライドってやつかい。未だに羞恥心を捨てきれてないようだ。ーーーー実道は」


風が吹いた。森の木々を分け入って、そこらの草花を揺らして通り過ぎるふわっとした生暖かい風が。


「なら、俺が代わってマーキングしてやろう」


男は土の地面に、来ているスーツを汚すのも構わず膝立ちをし、前開きのファスナーを外すと、中を握りしめている。

見ていると、這う男の尻に、自分の腰部を接着しはじめた。


「ンッフゥーーーーッ!!」


いきなり腰を前後し、貫く性交を始めている。


「逞しいだろ。ははは」


「ンッふッ!!ふッ!!んぐゥウーーーーッ!!」

這う男は入れられながらも嫌がり、首をブンブン横に振っている。


目の前の男二人は、非現実的だった。
信じられない。


視界の荒淫 いんだらに耐え切れない。


荒々しい音を骨が割れるかというくらいに打ち鳴らして、怯えて見える男を虐げ快感を貪る男は、ある程度までそのまま腰を打つと、ふいに静まった。


尻に接着させたまま、止まった男は微かに震える。


「!!」

突然、這う男が、目隠し状態のまま慌てて背後を振り向く動作をした。

「……実道の中に、暖かい尿を放っているよ。どうだい」


「ッ………ぐうっーーーーっ!!!」


唸る様な、悲鳴の様な、絶叫を這う男はあげた。


長い時間そのままにして、やっと腰を男が離すと、這う男の尻から、黄色みがある水が溢れ太腿を流れているのが分かる。


男はご機嫌に立ち上がり、他者の尿が足の間から垂れながら震える這う男を、少しも気遣うことなど無く


「はは……は………!帰ったら続きだ。ポニーサイズから、やっとノーマルのホースサイズに挑戦してみよう…………!」


二人は居なくなった……………。
めまぐるしい一連の光景は、目撃した自分自身をすら、本当に見たのかと疑う。



4




びっくりした。昨夜のあの男が、講堂で挨拶をしていた。

「理事長の幹歴彦です。季節もいよいよ秋になりますが、我が校は生徒達のより理想的な環境構築を目指すべく、学園の理念に沿った教育目標を教職員一同が一丸となり…………」

堂々とスピーチ台に立ち、卓上マイクを通して全員に向かって話しかけているあの男。昨日の淫蕩な雰囲気とは大違いだが確かにあの男だ。

脳裏に違和感を生じ過ぎてしまい、話が耳に入ってこなくなった。

理事長……理事長だったのか。
気が引けるが、一回は挨拶に向かわねばなるまい。

学園長室になら、いるだろうか?


!?


学園長室のドアを開きかけた瞬間だった。


「………か」

理事長の声がする。そっと覗き見ると、二人の男がいた。一人は理事長で、一人はうちの学校の生徒の制服だ。


「……からね、兄さん」


生徒は理事長を兄と呼んでいる。


「君ね、そんなことより、最近は、全然俺に構ってくれないようになったじゃないか……」

理事長は生徒に近づくと腰を触る。


「好きな子でも出来たの?やっぱり高校生ともなると、今までとは違うのかなぁ?こちらは寂しいよ…………」

兄、と呼ばれている相手に接する口調が、まるで恋人の異性に対するそれのようだ。媚びた口調の理事長は、触れた腰を自分に近づけようと寄せる。


「兄さん、いー加減、弟離れてくれ、そろそろ」


「……別にいいよ。実はもうね、俺には新たに好きな子がいるんだ。好きな子を手に入れてしまったんだ」


「……兄さん、誰かに覗かれているぞ」


「……なに?!」


ハッと扉から目を放し、俺は足音を立てるのにも構わず走り去った。

膝に手をついて、身体を折り曲げはぁはぁと息ついていると、一人の男性教諭が驚いた顔をしてこちらを見ている。
シャツの上からジャージを羽織るその男は、40手前くらいの外見をし、俺より年上だ。


「新任の先生どうした!生徒と何かあったのか?」


職員室に移った。


職員室には誰もいなかった。


「俺は隣クラス担任の葭葉だ。どうした、慌てて。何があったんだ。俺に話してみてよ」


「そ……それが……」


トントン、とそこにドアノックが鳴った。


「開いてるから入ってこい!」


葭葉が怒鳴る様に放ってもシーンと何も動かない。

「生徒だろ?なんだぁ……まったく」

重そうに腰を上げてドアを開き外に出た。

「……様!はいはい、ええ!?……そうですか、わかりました、それでは……」


外で誰かと何か話していた様子だが、いきなり職員室の中のこちらに帰ってきた。

手にはお茶のペットボトルを持っている。

「ふう、やれやれ」


「何かあったんですか?」


「生徒がちょっとね……はは、何でもないよ。たわいない出来事だ。さて、話を聞くか。その前に、あれだけぜえはあしていて喉が乾いてるだろう。これ、飲みながら落ち着いて話してみてくれや」


苦笑いをした風にペットボトルを渡された。俺はキャップを回し飲んだ。

飲んで流水を胃に下ろして暫くしてからだ。五感に布がかけられた様な可笑しさがする。

(なんだ……眠気が、急に……)


気がつくと、職員室とは違う、人気のないどこかの特殊教室に、倒れ込んでいた。

電気はついていない。暗い。

「生徒指導部屋だ。全施錠してある」

耳のすぐ後ろから声がした。腰を誰かの手に掴まれている。うわあと焦る。背後からピタリと寄り添われ、足の間に手を添えられている。

冷たい床の感触が半身に直にする。


「先生もツイてねぇなあ。新任早々、同僚にチンポ触られるハメになるなんてよ」

手はあらぬ部位をなで、握る。

「っ!!なんですかっ!?葭葉先生!!」


「あるお方からのご命令でねぇ。尾儀原先生を、チンポ狂いにしなきゃならなくなった。勘弁してくれよ。充分楽しませてやるからな」


そう言って背後の葭葉はいやらしく笑った。





……一年後、尾儀原は、宍戸の開催するサバトに参加していた。
もう婚約者なんかとうに忘れ、左手の薬指には痕跡が跡形も無くなって素の指になっている。
夜の噴水の前に、他の男達と並び、思い思いの相手を選んで、交換しながら交わっている。


そう、沼間道也が物陰から伺っている前でーーーーーー。





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