愛の狂嵐①書きかけダイジェスト


さて、今宵集まりました面々は
本日より激変の運命の中へと、渦に飲まれ巻き込まれていくのです!


色紙の紙吹雪が撒かれ
舞台の幕が中央から割れて、歓声を合図としおごそかに開かれるでしょう。

劇のタイトル。
その名も、「愛の狂嵐」ーーー。


パチパチパチパチ。







第一話  「発端」


むせて咳込む老人が、大きなベッドに横たわっている。高価なベッドだ。
ベッドだけではない、広々とした部屋に置かれているどれもが、高値の値打ちを容易に想起させた。
絵画に描かれた西洋人の青い目が、集まった面々を背後からじっと眺めている。

窓は完全に閉められており、老人が咳き込むためか、空気の湿り気を、その場にいる全員が妙に肌に感じていた。

「集まってくれたな……ワシの孫達……よ……」

老人の名前は、早川財閥の総帥、早川清吾。
午後の6時も過ぎて、日が落ちてから呼び出され、彼の前に集まる三人の男と女一人に向かって、孫達よ、と語りかける。
四人の孫の名前は、それぞれ、

#桜小路 燎二__さくらこうじ りょうじ__# 


#高府 飛華流__たかくら ひかる__#


#高府 嶺音__たかくら れいおん__#  


#早川 馬鶴__はやかわ まつる__#  

という。


「お前たちに紹介したい人間がいる」

早川老人の一声とともに、両開きの素晴らしい細工の扉が両側から開かれ、ヘッドドレスを頭に乗せた品の良いメイド二人に連れてこられて、一人の少年が現れ登場した。
いきなり全員の視線のスポットライトを浴びせられた心細そうに細く小さい少年は、簡素な服を着て、身に付けられている物の全てに、ここにいる全員に備えられているような上質さが無かった。街中に居ては馴染むだろうが、この場面に立たされてはそこだけくすんでおりみすぼらしい。

「#松原 永久__まつばら とわ__#君だ……。本当は双子のご兄弟がおるのだが、ワシと同じく、体調が優れないらしく、今日ここには呼ばなかった」

何もわからないまま状況を飲み込めず連れてこられた永久は、いきなり見ず知らずの全員に見つめられ顔をきょとんとしている。


「彼は、ワシの初恋の人……初めて愛した大切な人の孫なのだ……。最近になって彼は両親を事故により失い、二人の兄弟はたった二人きり、天涯孤独の身になってしまったという……。ワシは、居てもたってもいられず、彼を引き取ると申し出た……」

それはつまり、養子にするということか?財産争いで揉めるのは必然だぞ、ジジイ、と、桜小路 燎二は顔には出さずに心の中で嗤った。


「ワシは……ワシは……#初恋の女性を愛し直したい__・__#……。燎二!おまえは若き日のワシに……瓜二つだ。ワシに変わって、この、初恋のひとにソックリの、松原永久君を、ワシの変わりに#愛せよ__・__#……。さすれば、ワシの死後、財閥の後継者はおまえに任命する」

その場にいる全員がザワついた。
「何!?」燎二が老人を睨んだ。
高府姉弟が老人に目を剥いている。
直系の孫にあたる馬鶴が、ポカーンとアホ面をして口を開けている。


何よりびっくりしているのは永久だった。

「え……っ。え……っ?」

愛するって……。愛するって、どういうこと……?
永久は何もわかっていない。

「いいか、永久君……。君には何不自由なく、学校にも通わせてやるし、経済的にも援助してあげよう……。君にも弟君にも。ただし、条件がある。それは、ワシに変わってそこの燎二に、#愛されること__・__#じゃ。それが条件……。破れば、君を置いてはおけなくなる…………ゴホッ……ゴホッ」




松原永久はそれまでの自分の暮らしとは縁の無い、良家の子女子息ばかりが輝きを放ちながら通う、由緒ある名門校へと、老人の計らいにより、即座に転入する運びとなった。


見慣れぬ何もかもがハイグレードな学園の風景に圧倒されながら、やっと一日を果たし、放課後の時間教室に居残ると、彼の元にあの晩集まった面子の一人である、#高府 飛華流__たかくら ひかる__#がやってきた。
既に教室は、あたりには誰もいない。しめやかな夕暮れが時間とともに漂っていた。

高府は永久に近寄る。彼もまた第一ボタンまできっちり閉められた学生服姿だ。
あの老人の孫の一人、高府 飛華流。

「やあ、本当に転入してきたんだね。嬉しいよ、君みたいな素敵な子が、我が学園の一員になってくれるだなんてサ」

にこやかに告げる飛華流の顔は、同性の永久から見ても神々しい輝きを放つ様な美少年で、笑うとその場の空気まで変わるようで、永久は取り込まれそうになった。
彼は握手を求めて手を伸ばす。

永久は思わず熟れた白桃色に頬を染め、たじろぎながら、伸ばされた手に自らの手を伸ばした。

「よ、よろしくね……。あの……」

ぎゅ、と握りしめられる。

「ヒカルだよ。高府 飛華流」

彼はにこやかに笑うと、信じられないくらいの距離にまで、自然に急接近してきた。

そしていきなり永久の口元に自分の唇をかぶせてきた。

「!?」

永久は何が起こったかわからず、目をあちこちに動かしてしまう。

目を閉じたまま、しっとりと濡れた唇を重ね合わせてきた飛華流は、そのまま永久の唇を割開き、口内に自らの舌を伸ばして、ディープキスを行ってきた。

「ん…………」飛華流は長い睫毛を伏せた目で、舌を動かす。

ヒカル君!?ヒカル君!?な……何やってんの!?


永久は慌てるが固まり何も出来ないでされるがままになっている。

な、なんだよ、これぇ!!

体中が赤く、恥ずかしく、沸騰しそうだ。

飛華流の舌は永久の舌をくるくると巻き込んで、自分の唾液と混ぜ合わせ、永久の喉に押し込んでいる。

自分の口が人の口と合わさっている間中、まるで周囲の流れが変わり時間が停止させられたように感じられた。
潮騒のように窓の外の樹々が風に吹かれて大きく騒ぐので、永久はやっと、自分以外の時が流れ続けていることに気付いたくらいだ。

やっと唇を離されると、カチンコチンとなり、目を白黒する永久に向かって、飛華流はニッコリと笑う。

「これがこの学園の#挨拶__・__#なんだ。僕からの転入生へ歓迎のプレゼント!」

キャピッと笑うがどこか妖しい魅力のある笑顔だ。
思惑が他にある気がする。隠された雰囲気を、髪の毛の先が微妙にキャッチする。

「は……はぁ……」

同性からのキスによって完全に魂を取られた永久は、両頬を手で挟まれながら、気の抜けた返事をした。
男なのに、白くて、柔らかい手だ。
そして僕を飲み込むような、深い、深い、底知れぬ眼差し……。
永久は微かに震えた。



永久は家に帰ると、早速同じ学園の違うクラスに編入しあった、双子の奏良と、学校の話をしあった。
ただし、キスの話は伏せておく。

奏良は二卵性なので永久とはあまり顔が似てなかったが、それでも二人の仲は抜群に良かった。

「お兄ちゃん!僕も学校は超楽しかったよ!」

兄より活発な印象のある弟は、言葉通りの表情を浮かべて、素直に笑う。
永久は心の底から安堵した。

明日は早川翁の命じる通り、新しい転居先に引っ越しをしなけりゃならなかった。



新しい転居先は、これまた高級そうなマンションの一室を用意されていて、エントランスにすら入れない状態をインターホンで既に部屋にいる人間にフロントまでのロックを開けてもらうと、フロントにいる受付から電磁キーを渡され、エレベーターに電磁キーを翳すとエレベーターの箱が自分の階にまで呼び寄せられるという仰々しい仕組みをしていた。
高層階までエレベーターに乗り上がると、廊下が広く天井が高く、キラキラと光沢と、照明の反射する光波が眩しいフロアに着いた。




指定された部屋Noのドアを開けると、あの晩のメンツが一人立って居た。
どうやら中から鍵を開けてくれた人間は、#桜小路 燎二__さくらこうじ りょうじ__#だったらしい。

「さ、桜小路…さん!」


「……あの弟は?」

声の雰囲気に少々、煩わしさがあるような。そんな低音だった。

「やつは後から引っ越し屋さんのトラックに乗ってくるようです!な、何で桜小路さんが?」


「……この部屋は俺の家だからだ」

耳を疑う。危うく手に持ってたバッグを落としそうになった。

「え……えっ……ええ!?」


つまり……この人と同居を命じられたという展開だろうか。
おこがましいかもしれないが、兄弟達二人だけの家だと、てっきり思い込んでいた。

緊張しながら足を踏み入れる。
兄弟それぞれに一室が提供されるほど、室内には数多くの使われていない部屋があった。
一人で住んでいたのが信じられないほどだ。
永久は関心した。

広い居間スペースにはコの字型に並べられたソフィーと足置き、大画面テレビが置かれ、高級そうな調度品も点在している。
うっかり寝惚けて足を引っ掻けガッチャーンと割ったらどうしようと、永久は総毛立った。

兄弟の部屋の場所まで案内したら奥に燎二は戻ろうとする。
ああそうだ、と振り向き様、燎二は永久に伝えた。

「引っ越しが落ち着いたら本家に来いとよ……弟は置いて俺と二人で。……呼ばれてるぜ」


永久は遅れて来た弟を出迎え事情を説明すると、燎二の車に乗り込んで早川の邸宅に向かった。
左ハンドル車の革製のシートは、沈み込みが楽でとても気持ちが良かった。
ハンドルを握っている間、燎二は何も話さなかった。



車が大門を開かせ入り込む。
遠目からでも只ならぬ広さとわかる大邸宅へと飲み込まれ、花の咲き誇る大庭に車ごと入り、敷地内の駐車場へと向かう。

屋敷の玄関は最早玄関と気軽に呼べないほどに目の眩むほど長く、足元が広がっていた。

あちこちに飾られている壺や絵画。フラワーアレジメントが生けられている大きな花瓶。高い天井。まるで宮殿だ。あちこちが光沢を放ち光り輝いている。
キョロキョロと見まわしながら燎二の後ろを尾いていくのだが、廊下の曲がり角でキョロキョロが災いし誰かとぶつかってしまう。

鼻から当たってしまい、思わず
「痛っ」
と涙で目が滲んでしまった。
目の前には永久とそう背丈が変わらない……いいや、細くて小さい永久よりも背が上回るくらいの豪奢な着物姿の美人が立っていた。
絢爛豪華な振袖に、赤いアイシャドウの引かれた妖艶な目尻と紅の唇が、鮮やかに目に飛び込む。

早川翁の孫娘、#高府 嶺音__たかくら れいおん__#だった。飛華流の姉だ。

「これは堪忍しとくれやすな」
嶺音はそういって、袖を口元にやり、全然謝るそぶりの無い微笑をにっと浮かべる。


「嶺音、爺さんの容態は?」

燎二が別段心配してるような素振りもなく声も平坦に訊ねる。


「今日は元気やねぇ。きっとあんたはん達二人が来るとわかっていて喜んではりますのや」

「ふん」
燎二はそれを聞いてなんだか面白くなさそうな雰囲気を放った。

嶺音は過ぎ去る燎二を見て含み笑いをした。永久はその表情を見て、何だか不安になった。




先日の早川老人の部屋に通されると、現れた二人の姿を見て、老人は目を細めて眩しそうに笑った。

「よく来てくれたな……二人とも」

永久は礼儀正しく頭を下げる。
「あんな学園に転校させていただきどうも有難う御座いました。自分には勿体ない処遇ばかり何から何まで」
「いいんじゃ、いいんじゃよ……」

着物の寝巻き姿の老人はベッドに横たわったまま、とても嬉しそうに二人の姿をじっと見ている。

「今日は泊まっていきなさい。永久君のために、ご馳走も用意してあるんだ……」

永久は気遅れしてしまう。
何だってこんなに、天国のような扱いを僕のためにしてくれるんだろう。いくらお婆ちゃんのことがあるからといって、とっても、……居心地が悪くなるくらいだ。こんなにまで……。
つい下を向いてしまう。

老人はそんな永久の様子さえ、なんだか嬉しいように微笑ましく笑って見ているきりだった。

メイドから食堂に案内され連れて行かれようとする二人を、燎二だけ老人の声に呼び止められた。

「燎二!……わかっているな?」

「…………」

燎二は何も答えず、早川老人の顔を黙って見据え、クルリと体を背け、立ち去った。



永久は予め用意されていたパジャマ姿で、豪華な客室のベッドの上に落ち着きなく座り、喉笛を伸ばすような姿勢をしぼうっとしていた。
ご馳走を食べたらメイドが「今日は泊まっていきなさいと」との伝言を伝えてきて、無碍に断るわけもいかず、お風呂にも入らされて、あれよあれよという間に、いつの間にか今夜をこの邸宅で一晩過ごすことになってしまった。

ああ落ち着かないと永久は自分の両足同士を擦ってしまう。

ドアを叩く#叩音__ノック__#がした。

「ぁあ!はいぃ……!」

変な声が出てしまった。いきなり過ぎて上半身が電気に撃たれたみたいに不自然に跳ね、座っていたベッドシーツに変なシワが寄る。

ガチャと開いて燎二が入ってきた。
風呂上がりのナイトガウン姿のようだった。

よく知らない男のプライベート最たる姿を突然目に受け、永久は同性なのに緊張が急に高まっていく。

「りょ……燎二さん」

「……俺も同じ部屋だって」


二人ここに泊まれってことか……!
だからこんなに広かったのか。ベッドも室内も、ホテルのスイートルームのように。
永久は改めてハッとした。

緊張はあるが、同じ同性同士だから、そんな不思議では無い処遇だしね、と、気持ちを建て直す。

でもベッドは一つしかない。

いきなり見知らぬ他人と同じベッドで寝るのは嫌だなぁ。寝れるかなぁ。

床に布団でも借りれないかなぁ。


頼みたいところだったが、何かを自分から新たに言うのも気後して、あれよあれよと流されるままに電気は暗く、就寝時間へと持っていかれ、大人しく床に着くのだった。

燎二と顔を合わさないよう反対側を向き

緊張からドキドキ心臓が高鳴りながら、必死に眠ろうと目を瞑っていると、急に背後から腰に伸ばされる腕を感じた。

「ぁ!?」

誰でも無い燎二の腕だった。

慌てて暗闇の中振り払おうと腕を掴むのだが、力強く、振り解かれてくれない。

耳を舐める濡れた温かいものが当たった。
「ひゃっ!?」

耳穴の至近距離にて、囁く声がすぐそばにする。

「……人に身体を触られるのは……初めてか」

何も見えない中、頭に直接語りかけるような音量で、燎二の声が囁かれる。

脇の下からも腕が潜り込んできて
パジャマの上から胸元と足の間を二つの腕が触ってきた。
「や……っ!…あんっ」
体が衝撃に強張る。

耳たぶをしゃぶる舌の動きを感じ、濡れた音がますます体を赤く染め上げた。

「ぁ……ぁっ…!!やだ……」

性急にボタンを開かれ、直接胸を、そしてズボンの隙間から足の間を、燎二の大きい手が入り込んできた。

「……ぃっ!!」

永久の足の間にある永久自身を触られ、手のひらで包まれ、完全に握りしめられた。

「や…やめて……」

静かにだが、手のひらを動かしてきて、どんどん動きが速まってきた。

「やめて!!擦らないで!!……ぃうっ!?」

ビクッと体が跳ねる。
思わず足の間を庇いたくなり、閉じようとするのだが、永久の抵抗を押さえつけるようにより燎二の手の動きが淫らに激しくなってきた。

「ひゃっ!!い!!やぁっ……!!」
自分では止められない、狂った快楽を齎せる。しかも初めての、他人の手のひらで。
胸を撫でていただけの手が、クリップが突然挟むように一回ギュッと、指と指が胸の突起の先一点を摘んでそのまま止まった。
「ひうっ!」

軽い痛さと気持ちよさの間の感覚に永久の抵抗が止まる。

同じ男にこんなことをされているなんて信じられない、と永久は目を見開いた。

「い……あ…………」

お構いなしに永久自身を擦られ続け、抵抗しようの無いまま呼吸を喘いでいると、いきなり胸の手の動きが止まりスルリと抜けた。

ちょっとだけほっとするも、一番敏感な部分は依然擦られ続け、息は更に荒くなるばかりだった。

なんで……!

なんでこんなことするの…………!?

ねえ……!?

どうしたらやめてくれるんだろうと頭を捻らずが何も浮かばず、快楽が広がり思考が侵されていった。


急に燎二の指が後ろの臀部に滑り込んできた。

な……なに…………!?………ひぐゥゥっ!!!?

お尻の穴を燎二の指が割って侵入してきたのだ。

「痛い!」

ズボッと一番長い中指が入り、親指が周辺を弄り回す。

永久の分身は弄られ気持ち良いが、お尻は痛くされ、永久は混乱の呻きにあえなく飲まれた。

気持ちいい……!痛い……!


なんでそんなとこいじるの……?!

永久の頭にうっすらとある男同士の性行為の知識が朧げに浮かんだ。

そうだ、男同士だとここで……するんだ……。じゃあ……まさか………嘘………。

「もっ………やめ………」

さっきから燎二は黙って着々と永久の肉体を弄っているだけだが、燎二に一層近くに腰を寄せられた時に、燎二の熱く強ばり興奮するものの存在が太腿に当てられ、永久は逃れようのない一寸先の未来の実感に震えてしまう。
他と違う体温を持ち息づいているそれに

「やめてええーっ」

一際大きな声で叫んだ。


松原永久君を、ワシの変わりに#愛せよ__・__#……。さすれば、ワシの死後、財閥の後継者はおまえに任命する…………。

それは、ワシに変わってそこの燎二に、#愛されること__・__#じゃ…………。



真っ暗な寝室の中、早川翁の言葉が何度も永久の混乱する頭をリフレインする。

愛するって……愛するって……こういうこと……!?

燎二さんは財閥の後継になりたくて、僕にこんなことをしているのか……!?


「ハァ……!!はなしっ……うひゃ…あ!!!」

お尻の穴を探られてるような手つき。どうしようもない違和感、不快感、苦痛に胸が押し上げられる。

「う………ッ……やだ……」

「……あの爺さんのお望みだ。従うしかない」

やっぱり…………!

「う……ひゃあ……っ!あっ……あ、ん……燎……じさ……!助けて…ぇ!やめ…てぇ……!」

指は大きく回すような動きをし、助けを乞う永久を更に苦しめた。

「…いぐぃっ」

あるポイントで、永久はそれまでと違った反応をした。
見逃さない燎二は、永久の分身を前後する手の動きに更に火熱を注ぎ、我慢しきれないくらいに永久を喘がせた。

「そこ……そこ……そこ……っっ!」

「…………堪えるな。耐えるな」

「あーっ!ぁっ!っやぁーっ」

内側から押される。

振り絞るような手の激しさと連動し、永久はとうとう始めて精通した時のようにショックな吐精を放ってしまった。


呆然と息を吐く。


脱力する体にまた手がかけられ、今度こそとうとう、と永久はビクッとなったが、手はしばらくすると離れていき
丸まって体を硬く防御し守っていると、そのまま沈黙が流れた。

ベッドから人が抜ける気配がし

ガチャンとドアが開かれ、部屋の空気が、呼気が一つきりのただ独りきりの気配になった。

そのまま燎二が戻ってくることはなく、朝まで寝付けなかった。

なんで……。

理不尽と悲しみに襲われ、これは愛ではなく暴力だと思った。

ずっと悪い夢だと念じながら起きていた。






朝、露に湿った草の敷き詰められた庭に、着物の裾が濡れるのも構わず嶺音が足を踏み入れる。
だだ広い芝。
嶺音はある一つの窓を見上げた。
昨日、永久が寝泊まりした部屋だ。

「ウチの家はなぁ……ほんま悪童達の家やわ」



目が多分赤いだろうな、と永久は思いながら、朝だから仕方なくむくりと体を起こした。
帰らなければ?
燎二の車で?
歩いて帰ろう。
燎二の家に?

容赦ない自己問答が再びリフレインする。

そうだ、お風呂にも入りたかった。


ドアを叩音がした。


「飛華流だよー!ドアを開けてくれるか?」

思いがけない声の主に、永久は無性にホッとした。

「飛華流君!」

「おはようー!よく眠れた?」

扉を開けて飛華流が顔を出すと何とも言えず安心し、抱きつきたい気持ちにさえ駆られた。
先日のキスのおかげで心の距離感が意図せず近くなってしまったおかげだろうか。
……接触の心理効果とやらで。

「燎二はもう朝早く車飛ばして帰っちゃったってさ。だから僕が迎えに来たんだけど……まだ寝てた?」


燎二の言葉に、体がまた緊張した。

「そ、そうなんだ……」

顔色がとても悪い永久の様子に、思わず覗き込む飛華流だが、永久はますます顔を背けては避ける。
体がベタベタして気持ち悪いので、永久はお風呂を借りて入ることにした。


「お風呂?ああ、いいよ。行っておいでよ。この部屋で待っているから」

安心した顔で浴室まで去る永久の後ろ姿をにこやかに見送り、さて、と室内に踏み込む飛華流は
ふりむいて、寝ジワに寄れたベッドの上を見やる。

表情には何も映さない。
色の無い瞳をガラス玉のように丸くさせ、親指を口にくわえた。
歯の尖りによって挟み、強く圧する。

噛む歯は次第に指に食い込む。
がじがじと親指を噛む歯は皮膚を破り血が垂れ流れていた。
自分の血が流れているのにも気にも留めないで、飛華流は指に歯を食い込ませ続けた。
目はベッドはおろかどこを見てるか分からず、一点を強く凝視させたまま。

ボタリ……と床に落ちる血の粒が大きな玉の血玉となっていた。


「素敵だね!呼び出したら何の疑いもせず、僕の元へ足を運んでくれた。その素直な性格、……っとっても愛おしいよ!アハハ」

飛華流はけたたましく笑う。やけに愉快そうに。


「フフ……。お前達」
永久を見据えたまま指をパチンと鳴らすと、飛華流の後ろから、体格の良い不良生徒達が5人ほど出てきた。

緞帳のようにカーテン仕切りがつけられていた奥に潜んでいたらしい。

「な……っ、何……」
永久は身をよじり、思わず背後に数歩後ずさんだ。



飛華流から飛び出た言葉は非情なものだった。
飛華流は永久に指を指して笑う。

「お前達、コイツ犯しちゃいなよ」






「や……やめてくだっ!!やめ……やめて……!!!」








飛華流が間違いに気付いたのは、連れてこられた奏良を目にして一瞬の内だった。


何しろ双子とは言え、全然別の顔に、飛華流は思わず、得意げに連れてきた不良達をジロりと睨みつける。





「フン、……大したことねー、体……」
飛華流は使い捨てられた人形のように、力が入らない奏良の体から、白い欲望を撒いた己の一物を引き抜き、しまうと「後はおまえらが好きにしていいよ」と残忍な言葉を吐いた。
奏良はその言葉がどこか別世界に響く言葉のように内容がわからず遠くに聞こえた。
不良達は飛華流の強姦風景を見て、既に発情し準備万端だった。

一通りの凄まじい乱行が終わると、立って机に寄りかかりながら見学気分の表情を浮かべていた飛華流は、サッパリした声で投げつけた。
「コイツ、裸のままどっかに捨てて来ちゃいなよ!!」









「安心おし、飛華流。姉ぇ様が、飛華流のこと、を燎二達が警察にバラしても、あしらわれて揉み消したりますよう、きちんとしたりますからなぁ」


「顔を、あげえな。飛華流」


「泣きいな、飛華流……」


「泣きいな、飛華流……」


それは早川翁の在りし日の若き姿を映し取った写真だった。

確かに燎二と瓜二つなほど、よく似ている。
燎二よりは背が低く、肩が張っていないような気もする、和服に似合う撫で肩だが、生写しと呼んでも確かに違和感はない。
そして隣には、まるで永久の髪が長くなったような着物の女性がいた。
背は低く、細身の折れそうな、たおやかな笑みを浮かべた女性が、若い翁の隣で、肩を並べ写っていた。
古ぼけたセピアの写真の中に。

一体二人の間にはどんな物語があったんだろう。永久は写真を握りしめて関心深い思いを馳せた。



馬鶴が手渡してくれた暖かいラーメンの器を両手に掴んだら、永久は意思に反して涙腺がジワっと熱くなるのを感じた。
すぐに涙が一雫頬を伝う。

「みんなの前じゃ表向きはああ言ってるけどさ、俺は絵が描ければいいのよ。早川を継ぐなんて、子供の頃から興味なくてさ。それよりまた早くフランスに留学に行きたい。そればっかりさ」



第二部 愛の夜嵐


あれから二年の月日が経ち、以来、永久はずっと飛華流の元に繋がれていた。


最早永久の肉体の至る所を飛華流は知り尽くし、ほんの少し手を繰り、微かに指を繰るだけで、飛華流は永久の意識を、容易に高みへと上り詰めさせ飛翔へと導くことが出来るのだった。

飛華流の手によって調教ずみの肉体は呆気なく極楽へと操縦される。

そう、確かに肉体は極楽なのだが、永久の心は迷宮のような、どこまでも果てしない牢獄の灰色のコンクリートに囚われているようだった。


飛華流の家から、学校には、毎日、飛華流と一緒に、黒い外国車に乗せられ向かう。
運転手が白い手袋を身につけて運転する後ろの席で、永久は飛華流によく肉体を弄られた。

飛華流はまるで永久の肉体に残る燎二の痕跡を味わい、骨をしゃぶりつくすかのように毎夜抱いた。

草にまぶされる夜露すら全部舐め取ろうとするかのようだ。

永久と違わず少年の風情だった飛華流の容貌は、いつの間にか背丈も伸び、次第に大人びていきつつある成長を如実に重ねていた。魔少年のような面差しの輪郭線は段々太く色濃く、顎が伸び、形をハッキリさせていきつつあるが、永久は身長もあまり伸びずに、細い体はそのまま、#軟__やわ__#い稜線の顔立ちも二年前とそんなに差異は無かった。
成長をしないのは、こうして飛華流に肉体をしゃぶりつくされていることに、もしかして関係があるのだろうか。
何の根拠も無いが、自虐的に、ふふっと笑い永久は考えた。

そして弟の奏良は、望んでいない意味で、二年前とは変貌を遂げていた。
全体的に痩せこけて、顔は暗く、目つきは病的になっている。

奏良と永久の間には、どうあがいても裂け目が広がるばかりの亀裂が、今なお口を開けて存在していた。

奏良は、飛華流と共に、飛華流に身を任せる永久をも、軽蔑しきり、まるで海溝となって底無く深く憎んでいるからだ。








嶺音は静かに、だが突き刺すような声で、言った。

「燎二は飛華流を狂わせる。あれでええ」


よろしければサポートお願いします。 いただいたサポートはクリエイト活動に費やします。