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答えのない問いと向き合う

「問いを立てる力」
「答えのない問いを考える力」
みたいなものが必要とされています。

これをすごく感じるのが、就活です。「周りからみた、ごく一般の正解」ではなく、「自分の物差しで感じ取る」ことが必要、みたいなニュアンスのことが広くいわれています。

私はこれが苦手です。
答えのない問いを考えること自体はとても好きですが、いざそれが自分のこととなると、一気に周りの目が気になります。
自分のやりたいこともそこまでないし、友人から大手企業の話が出てくると、心のどこかがモヤッとします。

これまで受けてきた教育の中で、正解することが求められて、どれだけ合っているかで評価をされてきました。つまり、答えが一つしかない問いに向き合い、その正誤で点数がきまり、その点数によって評価をされてきたわけです。
そんな世界で生きてきたのに、急に「自分にあったことを仕事にする」とか、「周りは気にせず、自分のペースで」とか言われたって、これまでの評価のされ方が人からの見え方(?)どれだけ点数が取れるか、どれだけ正解できるかみたいなものだったから、とても難しいです。

多分、周りの見え方で自分のことを評価されているような気持ちになるから、こういう感情になるんだと思います。
周りからよくみられた方が「よい自分」でいられるという考え方です。判断軸が他人、というか、周りが自分の価値を決める、みたいな考え方ですね。

こういった考え方をしない方が、というかこういう考え方は多分なくなっていくのではないかなあと思うけど、どうしても抜け出せません。
「正解の呪縛」とでもいいましょうか。

人から認められたいと思うのは人間の自然な欲求だけれども、認められる部分がどこか、というのが問題なのかなあと思ったりもします。

もっと広い世界に行ったら、また考え方が変わるのかなあとも思ったり。
最近はこんなことを考えています。

#就活
#23卒

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