『半人前のガラス職人・ミスミは、今日も黒い石を磨く~後編』ヒスイの鍛錬・100本ノック㉕
【ご注意ください
このお話、ややグロテスクな表現、に接触する部分があります。
苦手な方、ごめんなさい。 ヒスイより】
ミスミは一気に指先を手の甲に突っ込みました。
体が、ふわりと浮き上がる感じがしました。
指先からひっくり返り、自分が手の甲に入っていくのが分かります。血は鉄みたいな味がして、筋肉は頼りなく広がったり縮んだりしていました。ミスミは肉をかき分けるようにして内臓の下にもぐりこみ、骨を探しました。
十二歳のミスミの骨は細くて、探しにくい。ようやく見つけた骨をがっちりとつかむと、砕くように隙間を作りました。足の先からすべりこみます。
暗い骨の中で、ぬるりとしたものに足を取られながら、ミスミは歩いていきました。
ひとりで。
あまりに暗いので自分がどこにいるのか、よくわかりません。それでも止まらずに歩きました。
口から言葉がこぼれます。
「できるはずなんだ。お前はやれるんだ」
言葉はミスミの口からころがると、小さな明かりになりました。歩いた後に、ぽわぽわと光が落ちました。
やがてミスミは黒い水がたまる、骨の底に着きました。しゃがんで石を探します。
ない。
ないない。
探っても探っても、つるつるの川底があるだけで黒い石は見つかりません。ミスミはついに、お腹がすいて倒れてしまいました。
目の前には、どろりとした黒い水があります。
「ああもう。こいつを飲んでしまえ」
ミスミはにがくて、嫌なにおいのする水に口をつけました。
ごくりごくり。
飲むほどに、めまいが強まっていきます。黒い水は毒なんだと気づいても、飲むのを止められません。ついに飲み干してしまいました。
ミスミのお腹は黒い水でいっぱい。カエルのように丸々とふくらんでいました。
そのかわり、骨の底は空っぽ。そこでミスミは小さな砂粒を見つけました。拾おうと手を伸ばしたとき、お腹が川底に引っかかり、破れてしまいました。
お腹から、一気に黒い水が、うずを巻いてあふれ出しました。ミスミは破れたお腹をかかえて立ち上がり、水に逆らって歩きはじめました。
手には砂粒が握られています。
骨の底で、たったひとつ見つけたもの。
激しい水に足を取られながら、ミスミは、かっきと前を見ました。
「帰るんだ。帰って、この砂を磨くんだ」
進むミスミのまわりに明かりが集まってきました。明かりはひとつずつ小さな言葉を持っていて、黒い水の上を照らしました。
『おまえはやれる』
『できる』
『やれ』
ミスミは水をかき分けて、骨の出口を見つけました。
足を踏み出す。内臓の下に来る。内臓から筋肉を通り、血をくぐります。
外へ出るために。
手の中の砂粒を、小さなガラス細工に変えるために。
気が付くと、ミスミは焦げた家の前にいました。あたりに黒い水はなく、お腹は破裂していませんでした。
ミスミと小さな砂粒だけが、月光を浴びていました。
次の日から、ミスミは砂粒を磨きはじめました。砂粒はとても小さいのですが、磨くうちにキラキラと光を放ちました。
光のなかに、言葉がおどっていました。
『やれるよ』
『できるよ』
『ひとりでやってみて』
二日かけて砂粒を磨きおえると、ミスミは王宮に行きました。大きな門の前で、輝く砂粒をかかげて言いました。
「ガラス職人の、ミスミです。親方を迎えに来ました!」
王さまはミスミの砂粒を見て、どうしても欲しくなりました。そこでカワセミ親方をゆるし、砂粒を手に入れました。
ミスミは焼けてしまった家を建てなおし、また親方と一緒に仕事をはじめました。
でも今はひとりで骨の奥に入り、石を拾い上げてくるのです。
朝になると、ミスミは取ってきた石を親方に見せます。
「この石は、何になりますかね?」
カワセミ親方は笑って言います。
「磨いてみないと、わからんね。磨く手間を惜しむなよ、ミスミ」
ミスミはにっこり笑って、手の中の黒い石を磨きはじめました。
黒い石からはきっと、ミスミの幸せな顔が浮かんでくるのでしょう。
国いちばんのガラス職人をめざす、少女の顔が。
【了】
前編はこちらです。
#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題は言葉
100本ノック 今後のお題:
三階建て←俳句←舌先三寸←真昼の決闘→夕日←春告げ鳥←ポーカー←課題←タイムスリップ←蜘蛛←中立←バッハ←お風呂←メタバース←アニメ←科学←鳥獣戯画←枯れ木←鬼←ゴーヤ
さんざん誤字チェッカー&音声チェックをしました。
今日は誤字脱字がないよーに!