見出し画像

「私の庭は、役に立つ庭」ヒスイのちょいホラー③

気が付けば、しゃがんだ影が白いダチュラの花まで伸びていた。
思ったより、手入れに熱中していたらしい。私は立ち上がって腰を伸ばした。
影が、ダチュラの花から終わりかけのイヌサフランの薄紫色の花にかかった。イヌサフランは10月終わりごろまでの花だ。このあと水仙が咲くまではダチュラが頼り。

ひんやりした風が、庭を吹きすぎていく。広い庭を眺めて、満足のため息を漏らした。
庭には、一年じゅう次々と花が咲くようになっている。
私が植えたのだ。不毛な10年にわたる結婚のあいだに、少しずつ。

10年前、最初に植えたのは水仙だった。水仙は12月から春の3月ごろまで咲きつづける。静かな存在感のある、堅実な中堅どころだ。
初心者にはちょうど良い花だった。それにあの時は、夫のはじめての浮気が3カ月で終わったし。
でもあれが、贅を尽くした泥沼の始まりだった。


七年前に植えたのが白く清楚なスズラン。
スズランは4~5月ごろまで、たった2カ月しか咲かないが万能選手だ。暑さに弱いので、日陰を作るためにわざわざキョウチクトウの大木を運んで植えた。もちろんキョウチクトウも役に立つ樹木だから選んだ。
この庭には、私の役に立たない植物はひとつもない。
夫は、あの女秘書が役に立つから雇ったんだろうか。それとも美人だったから?

ともあれ。
スズランもキョウチクトウも、出番を待っている。もう五年も前から――。


次第に冷たくなる風を受けて、私は後ろを振りかえる。
夫の実家である洋館は大正時代に建てられた。庭園へ降りるためのフランス窓とテラスがついている。
五年前、夫が若い愛人をたびたび家に呼ぶようになったころ、窓枠とテラスを白く塗りなおした。テラスのわきにはピンク色のフォックスグローブを植えた。釣鐘型の可憐な花がずらりと並ぶ花だ。
あの愛人はピンク色が好きだったのに、最後はそれほど好きでもないようだったわね……。


ダチュラとカブトギクを植えたのは二年前。
夫が私の親友にまで手を伸ばした時だ。彼女がぴしゃりと断ってくれたので、よかったけれど。
ダチュラは寒さに弱い。だからこれだけは毎年かならず植えなおす。
カブトギクはいつでも圧倒的に頼りになる。薄紫色の花が一般的だけれど、うちのは白い花がついた。
さいわい今年は秋になっても気温が高く、今もたくましく緑の葉が群生している。見るだけで安心できる。


そして去年、イヌサフランを植えた。9月と10月に咲くイヌサフランを植えて、やっと私の庭が完成したのだった。
同じころ夫は大成功した会社を売り払い、巨額の金を手に入れた。
あげくに、まだ十代の愛人を家政婦として家に入れた。
料理はへたくそ、掃除もできない女だけれど、ベッドでは役に立つんでしょう。
まあいい。もう私には関係ない。庭は完成したのだから。


私は園芸用手袋をつけて丁寧にイヌサフランの球根を抜いた。葉をつけたままキッチンに置く。ついでにカブトギクの葉も摘んで、横に添えておいた。あの家政婦はバカだから、きっと料理に使うでしょう。
ダチュラは、ちぎって乾燥させてハーブティにしたものをテーブルに用意する。
夫はハーブティが大好きだから。
そして私は、完璧を期す性質だから。


最後のかばんを閉じ、もう一度、庭を見る。
10年にわたって私を支えてくれた庭。
贅を尽くした泥沼のようだって結婚生活から、私を救ってくれた庭よ。

私はドアを閉じ、家を出ていく。
さようなら。
1年じゅうずっと、順ぐりに「死を呼ぶ花」が咲く私の庭。
ありがとう。さようなら。


追記:
①水仙
葉はニラによく似ているため間違えやすく、鱗茎はタマネギと間違えやすい。毒性は中程度。

②スズラン
全草に毒をもち、特に花と根に多く含まれるので、取り扱いに注意が必要。花粉も危険。

③キョウチクトウ
緑化樹として公園や緑地などで植栽されているが、根、葉、茎、花 など樹木全体に毒性がある。口に含むと吐き気、嘔吐、下痢、めまい、腹痛などの症状がおこることがある。付近の土壌も毒性を持つ。

④フォックスグローブ(ジギタリス)
誤食すると胃腸障害、おう吐、下痢、不整脈、頭痛、めまい、重症になると心臓機能が停止して死亡することがある。毒性が強いが、花が美しいため欧米諸国では花壇に植栽されることもある。

⑤ダチュラ(チョウセンアサガオ)
葉に強い有毒アルカロイドが含まれ、食べると中毒を起こす。

⑥カブトギク(トリカブト)
全草に有毒アルカロイドのアコニチンを含有する。葉、茎、花、塊根すべてが強毒。

⑦イヌサフラン
葉、茎、花、塊根に有毒のアルカロイドを含む。注意が必要。

【了】(改行含まず 1839字)

「私の庭は、役に立つ庭」
参考文献:厚生労働省 自然毒のリスクプロファイル



ああ。
ちょっとホラーテイストにしようと思っただけなのに(笑)
想定外のことになってしまいました(笑)。

明日はもっとかわいいものにしましょう!
お題ガチャは「冬の化学」だそうです。

今日よりは樂そうだなとおもいます(笑)。

ヘッダーはMariya MuschardによるPixabayからの画像

いいなと思ったら応援しよう!

ヒスイ~強運女子・小粋でポップな恋愛小説家
ヒスイをサポートしよう、と思ってくださってありがとうございます。 サポートしていただいたご支援は、そのままnoteでの作品購入やサポートにまわします。 ヒスイに愛と支援をくださるなら。純粋に。うれしい💛