『鳴らぬ笛こそ、ス・ミーの宝』
「鳴らぬ笛こそ、ス・ミーの宝」
あるところに、ス・ミーという少女がいました。
ス・ミーは大食らいでした。食べすぎて、ときどきお腹をこわしました。
でもだいじょうぶ。ス・ミーには、秘密の薬草があるのです。
ス・ミーは食べすぎると、おじいちゃんからもらった「黒い笛」を取り出して吹きます。
「黒い笛」からは音とともに、にょきにょきと緑の薬草が生えました。
欲しいだけの薬草が出るとス・ミーは笛をやめ、薬草をパクパク食べます。するとお腹はすっかりなおり、また食べられるようになるのです。
ところが。
ある日、笛が鳴らなくなりました。
ス・ミーはお腹を押さえ、笛の中をのぞきました。
あっと声を上げます。
笛には、ふるい薬草の根っこが詰まっているのです。
「簡単よ。根っこさえ取ればいい」
ス・ミーは笛を掃除したり、ひっくり返して吹いたりしてみました。
しかし笛は鳴りません。
ス・ミーは毎日笛を吹きました。
毎日毎日、吹きました。朝も昼も夜も、吹きつづけました。
それでも笛は鳴りません。
ある日、ス・ミーは自分のお腹が痛くならないことに気がつきました。
練習が忙しくてあまり食べなくなったのです。
お腹が痛くないから、もう薬草はいらないのです。
しかしス・ミーは思いました。
「あたし、笛が好き。音が出なくても、薬草がなくても吹きつづけよう」
ス・ミーは音が鳴らない笛を吹き始めました。
頭の中で明るい曲が次々にあふれ、いつしか踊りながら笛を吹いていました。
ス・ミーが笑うと、笛も笑うようでした。
そんなある日。ぽろりと笛から、根っこが落ちました。同時に、どんどん薬草が生えてきました。
「こりゃ困った。薬草が生えていると、笛がふきにくいのよ」
ス・ミーは薬草を抜き、笛を吹き、また薬草を取りました。
笛があまりにも楽しく鳴るので、子供たちは踊りながらス・ミーの後ろを歩き、薬草を集めました。
こうして薬草は村中に行き渡り、国中に行き渡り、お腹が痛い人はいなくなりました。
王様が勲章をくれると言いましたが、ス・ミーは断りました。
「この笛が、勲章の代わりですから」
ス・ミーは、笛が吹ければ倖せです。
笛は、ス・ミーに吹いてもらえれば楽しいのでした。
今日も、ス・ミーは笛を吹いています。
いまは浜辺にいるようです。
ス・ミーが歩いた後には点々と薬草が落ちているので、どこにいるのかすぐわかるのです。
ス・ミーと笛が奏でる幸せがふくらんで、海と空いっぱいにひろがります。
笛の根は遠く遠くまで広がります。
たぶん、あなたのところまで。
【了】
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