『僕の手は、夢を捨てる・夢を拾う 中編』ヒスイの鍛錬・100本ノック㊴
僕の心配をよそに、奥さんはぜんぜん違うことを話しはじめた。
「夢ゴミねえ……あれ、意味が分からないのよね。だいたい夢なんて、わざわざ捨てなくてもいいでしょう? 勝手に干からびて、消えていくから。
ただ放っておけばいいのにね。
うちは、あたしも主人も夢ゴミは出さないの。
それにね――」
と、奥さんは言葉を切って、まわりをちらっと見た。
声を低くする。
「最近、このあたりに不審者がいるって回覧がきたでしょ。夢ゴミなんて個人情報のカタマリ、ゴミ収集所に捨てるなんて危険すぎると思う」
ギクッとした。奥さんは何も気づかずに行ってしまう。
僕は少し汗をかいて部屋に向かった。
つまり、他人の“個人情報のカタマリ”を持って帰ってしまったわけだ。
ああもう。やっぱり、早く捨ててしまおう。
部屋に向かう途中、ビジネスマンとすれちがった。このひとはいつだってアイロンのかかったシャツを着ている。
ひとり暮らしのはずなのに、ちゃんとしているな。
見習わないと。
立ち止まってビジネスマンの背中を見ていると、後ろから声をかけられた。
「毎朝、掃除が大変ですのう」
お爺さんだ。八十代らしいけど足腰はまだしっかりしている。今日はポロシャツにゆるゆるのチノパンを着ている。
いちおう、と思い、聞いてみる。
「掃除は、ええと、その、趣味なんです……あの、夢ゴミって、捨てることあります?」
「ゴミ? 捨てますよう」
ふぉっふぉと笑いながら、おじいさんは行ってしまった。
こっちの話は、通じたのかな? あやしいな……。
耳が遠かったのかもしれないし。
ちょっとボケているのかもしれないし。
どっちみち、ピンクの夢ゴミを捨てるとは思えない。
僕は部屋に戻って、デスクに置いてあるメモを見た。
『一階、ご夫婦
八十代のお爺さん』
この三人を線で消す。たぶん、違うと思う。
残りはビジネスマンと女子大生、四十代の女性。
……やっぱり、女子大生かな?
いや、意外と。
あのビジネスマンかも。
あれから、僕はビジネスマンに注目するようになった。
四十代、中肉中背。これという特徴はないけど、いつ見てもピシっとスーツを着ている。毎朝、だいたい同じ時間に出勤する。
「おはようございます」
そう言っても、あっちからの挨拶はない。
こういう人は、夢ゴミを修理させてほしいと頼んでもダメっていうんだろうな。
やっぱり、あの夢ゴミは捨てたほうがいい。
まだ生き生きとしていて、ほわほわのピンク色をしているけど。
ゆっくりと夢ゴミの小さな亀裂を探る。
キズはある。埋まらない。
いっそ、埋めないほうがいいんだろうか。
ふと考える。僕の夢ゴミは、今どこにあるんだろうって。
もう細かく破砕されて、他の人の夢と一緒に固められ、埋め立てに使われたんだろうか。
波にあらわれて、新しい地面の土台になったんだろうか。
だとしたら、僕の部屋に干からびたまま放っておかれた時より、夢にとっては幸せなんじゃないか。
僕は、夢を手放してよかったんだ。
そう考えながら、何度も何度もピンクの夢ゴミを眺めた。
窓ぎわの夢ゴミは、何も言わない。
ただ、ピンク色であるだけだ。
そして僕は、この夢ゴミを改めて捨てようと決めた――今夜。
>゜))))彡 >゜))))彡 >゜))))彡
暗くなるのを待って、部屋を出た。隣のゴミ収集所に捨てに行くことに決めたんだ。
本当はアパート前の収集所に捨てるべきなんだが、隣の収集所は明日の朝が回収日だ。
今夜のうちにこっそり捨てれば、二週間またずにピンクの夢ゴミを処分できる。
捨てたほうがいい。
そもそも、他の人の夢ゴミだから。
足音を忍ばせてアパートの外へ出る。くもっていて月も見えない。手の中の夢ゴミが、カサカサと音を立てるだけ。
なるべく早足で歩くうちに、後ろから足音が聞こえるのがわかった。
カサカサ。
すたすた。
カサカサ。
すたすた。
……まさか。誰かが僕を追っている? なんのために?
後ろを振り返っても、誰もいない。
気のせいだ。こっそり、他のゴミ収集所に他人の夢を捨てに行く途中だから、そんなふうに思うんだ。
歩くスピードを速くする。足音が聞こえなくなったから、ほっとした。
あの角を曲がれば、もうごみ収集所が見える――と思った時。
ガツン!
衝撃がきた。おもわず倒れる。
なぐられた?
「あうううう」
うめいていると、こっちの夢ゴミの袋を取ろうとするヤツがいる。
そいつの体がありそうな場所を思いきり蹴った。
手ごたえ――じゃない、足ごたえがあった。
「ぐはっ」
男の声が聞こえた。僕は必死で目を開けた。
きれいなシャツ、きれいなスーツ。同じアパートのビジネスマンが、うめいていた。
「え……なんで?」
「夢ごみ……それ、売ってくれ」
「は?」
僕は夢ゴミをかかえたまま、相手を見た。
ビジネスマンは腹のあたりを押さえたまま、言った。
「金なら、はらう。いくらでも。それをくれ――夢ゴミ、彼女の」
「かのじょ?」
「ユキちゃんの夢ゴミ……俺の……カノジョ……ほかの男がさわったなんて…ぐおおおっ!」
いきなり跳びかかられた。すごい力だ。しかも首を絞めてくる。
うそだろ、やばい。
メチャクチャに相手を蹴とばす。何回か当たったと思うんだが、男はもうぎゅうぎゅうと絞めてくるばかりだ。
まずい……目の前がしろくなって……
その時、ドガッという音がした。
「なにしてんのよっ、このストーカー!」
喉を圧迫していた手が離れた。
息を吸う。
やばかったよ、本気で。
見ると、あの女子大生が男をドカバカと蹴っている。
「おかしいと思っていたのよ、最近、郵便物がチェックされているみたいだし、見張られている気がしたし」
「すと……ストーカー? この人が?」
ユキちゃん、と呼ばれた女子大生は倒れた男の上に足をのせて、コッチを見た。
ちゃんと見たら。
メチャクチャかわいい。
でも“ユキちゃん”は、まったくかわいくない声で答えた。
「あたし、地下アイドルをやってるのね、たまに妙なファンがいるの。
おかげで引越したり、通学の時間をしょっちゅう変えたりしなきゃならない。
このアパートに引っ越してから、ヘンなことが続いたから警戒していたのよ」
「そうなんだ……」
僕は痛みをこらえて、ゆっくりと立ち上がった。
手の中の夢ゴミを彼女に差し出す。
「ごめんなさい。あなたの夢ゴミを、持って帰ってしまったんです――直すつもりで。
でも、人の夢を持って帰るなんてダメだと思う。
返します」
ぺこり、と頭を下げる。謝ったくらいじゃ済まないかもしれないけど。
でも、ユキちゃんは冷静に言った。
「悪いけど、それ、あたしの夢ゴミじゃないわよ」
「――は?」
僕とビジネスマンは同時に声を上げた。ユキちゃんはけろっとした顔で言った。
「あたし、夢をかなえつつあるから、ゴミにしないわよ」
「はあ……」
僕は手の中の夢ゴミを見る。
じゃあ。
ダレの夢なんだ???
【明日こそ、終わります(笑)! 2800字】
#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題・ゴミ
ヒスイの100本ノック 今後のお題:
こんな(そんな)つもりじゃなかった←的中←アナログレコード←ミッション・インポッシブル←スキャンダル←だんごむし←ポップコーン←三階建て←俳句←舌先三寸←春告げ鳥←ポーカー←タイムスリップ←蜘蛛←中立←メタバース←鳥獣戯画←枯れ木←鬼
……ごめんなさい。
自由に自由に書いていたら
明日までかかることになりました。
明日は完結します(笑)!!