『燃えるシマウマ、真昼に立つ』ヒスイの鍛錬・100本ノック㉙
元カノって、史上最強の生き物だと思う。
いま、あたしの後ろでカレシの玻璃(はり)くんは中学時代の元カノとしゃべってる。
腹が立つ。
太陽は頭の上でムダに輝いているし。玻璃くん、笑ってるし。
あたしの目の前にはシマウマしかいないし。あたりまえ、だってここは動物園のシマウマゾーンだから。高校生のデートとしちゃ、動物園はフツーでしょ。
後で、声が聞こえる。
「玻璃くん、知らなかったんだ? 中本くんは引越したんだよ」
あー、そー。しらねえし、中本とか。
早く玻璃くんから離れてよ。
玻璃くんがのんびりと言う。
「中本、ずっと会っていないなあ。高校でも部活してんのかな」
「してるよ。今年は県大会まで行ったんだって――ねえ、この後、みんなでカラオケに行くんだよ。玻璃くんも来ない?」
ぎくっ、とした。
“玻璃くんも来ない?”
は? なに言ってんの、このアホ元カノ。
玻璃くんはあたしとデート中! これから、シマウマ見てコアラ見て、イケメンゴリラ見るんだから――あたしと。
だけど、あたしは黙ってシマウマを見ていた。
見れば見るほど不思議な模様だ。なんだって白と黒のシマシマなんだろう。
じっと見ていると、不意に一頭のシマウマがこっちを見た。
うわ、目が大きいんだね。ぱっちりしてて美人かも――背後のアホ元カノみたいに。
ぎらっと、頭上の太陽が光った。
シマウマが首をまっすぐに立てる。
ふいに、シマウマの黒い模様が燃えはじめた――ように見える。あたしは驚いて目をこする。
やっぱり、シマウマが燃えている。黒い部分が金色に燃えて、輝いていた。その美しさに、あたしは見とれた。
「きれい……」
白と黒と金色がまじって、ひとつになって、シマウマの形になっていた。
シマウマはあたしを見る。笑っているみたいだ。
あたしを――イライラと嫉妬と好き、がゴッチャになっているあたしを、燃えるシマウマが見ていた。
そのとき、わかったの。あたしは、このままでいいんだって。
嫉妬と怒りと、うらやましさで、グチャグチャになっている。ごちゃごちゃのままでいいんだ、って。
そしてあたしは、玻璃くんがすき。大好きだ。
それだけ。
玻璃くんが元カノと楽しくしゃべっていたって、あたしを置いてカラオケに行ってしまっても、何も変わらない。
あたしは布池玻璃(ぬのいけ はり)が、好きだ。
大好きなんだ。それだけで、いいの。
目の前で、まぼろしのシマウマが、あざやかに燃えあがる。あたしはいつの間にか笑っていた。
とん、と後ろから肩を叩かれた。
「ごめん、話が長いんだ、あの子」
「うん」
「シマウマ、見てたのか」
玻璃くんはあたしを抱きかかえるみたいに、後ろに立った。あたしは少しだけ、玻璃くんにもたれる。もう、黄金色のシマウマは、どこにもいない。
やっぱり幻だったか。
玻璃くんが言う。
「きれいだよな、あのシマ模様。おれ、子どものころから、シマウマが一番好きなんだ」
「あたしは、ついさっき、ものすごく好きになった」
「――ごめん、怒ってるよな?」
「ううん。はじめはイライラしたけど、今はもう平気。だってあたし、何があっても、やっぱり玻璃くんが好きだから」
そう言った瞬間、玻璃くんの体温が後ろから消えた。
え、なに? なんで玻璃くん、足元にうずくまっているの?
「お腹が痛いの?」
「ダイジョブ」
「あ、お腹空いた? なんか食べようか」
「ダイジョブ」
「大丈夫じゃないでしょ。どしたの?」
あたしがしゃがむと、玻璃くんは顔を上げた。
「おまえさあ、ときどきザクッと刺さること言うだろ。勘弁してくれ」
「えー? シマウマが好きって言っただけじゃん」
「そっちじゃねえよ」
「イライラしてたこと?」
「それじゃなくて」
「あ、大好きの話?」
「簡単に言うなあ」
玻璃くんはあたしを見た。とてもきれいな目。ああ、ちょっとさっきのシマウマに似てるな。
今の玻璃くんの目は、イライラと嫉妬と、絶望と大好きが燃え上がったシマウマに似ている。
あたしは玻璃くんの顔を両手でつつんだ。
「――だいすき、玻璃くん」
玻璃くんは、ぱっと顔を赤くして立ち上がった。
「だーかーら! そゆこと、簡単に言うなよ」
「玻璃くん、どこ行くの!」
「なんか食いに行く」
「じゃあコアラソフト! それからコアラパン」
「コアラから、離れろよ」
玻璃くんはくるっと振りかえると、あたしに向かって体をかがめた。
――ちゅ。
「コアラソフト、食うか」
「……うん」
玻璃くんが笑っている。
二回目のキスはちょっと怒っていて、なのに温かくて――シマウマの前だった。
シマウマたちは何もなかった顔で、春の真昼に立っている。
【了】
このお話はコジ部長からアイディアをいただいております。
#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題は 「真昼の決闘」
ヒスイの100本ノック 今後のお題:
たまご←だんごむし←ポップコーン←ゴミ←三階建て←俳句←舌先三寸←春告げ鳥←ポーカー←課題←タイムスリップ←蜘蛛←中立←バッハ←メタバース←アニメ←科学←鳥獣戯画←枯れ木←鬼←ゴーヤ
オマケ俳句です。
「春昼を 呑みこみ光る 玻璃うすく」ヒスイ
(しゅんちゅうを のみこみひかる はりうすく)
季語:春昼(しゅんちゅう)