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「えーえんとくちから 鍵を消す」ヒスイのシロクマ文芸部

消えた鍵を、消えたままにしておくこと。
それが少女の使命です。
これまでも、おしよせる鍵の大群に立ち向かい、ひとつずつ、いっさいの痕跡を残さずに消してきました。

そしていま、少女と槍は、無窮の空白で眠っています。




ある日。
また、世界のどこかで鍵が生まれるにおいがしました。
鍵が生まれるときは『におい』が先に立つのです。

とどまれない疾風怒濤のにおい。
勝手に沸き上がってくる、すさまじい分量の色と形のにおいです。

少女は槍を持ち、地平線の果てで、新しく生まれた鍵に立ち向かいます。

「鍵よ。あなたはこの世界に、あってはならないもの。消えてちょうだい」
『今度はあきらめないよ。この絵は、どうしても描かなきゃダメだと思うから』
「描かなきゃダメ、なんていうものはないの。あなたが勝手に描きたがっているだけなの。
 だけど、始めたらどうなる?
 また、何もかもを放り出して絵に没頭する。
 日常生活が、むだに壊れるだけよ。

 あなたに絵の才能はない。
 売れないものを作るために、平穏な日々を壊す必要はない」

鍵は、透明なゼリーみたいな身体をぶるぶるさせました。
少女は目を凝らします。

まだ、だいじょうぶ。
この鍵には、まだごく薄い芯しかない。
今、つぶせば大丈夫。

少女は思考します。

家族との生活。お金をくれる仕事。ソッチが優先されるべきもの。
だから、
この無性に強い鍵は、今つぶしておこう。


少女は槍を放ちます。
鍵は槍を受けて、ぶるぶるふるえながら言いました。

『こうやって俺たちをつぶしながら、おまえは、おまえ自身を削り取っていることに、気づいているか?』
「あなたたちは不要なもの。あってはならない扉をあけ放つ危険な鍵。
 私は危険を消しているだけ」
『危険も不安もない世界で、時間が食いつくされている、
 おまえは自分の足を食っているタコのようなものだ。
 
 鍵を使え。
 おれを使え。

 世界を、開け放せ』

ふるえる青い鍵は夜明け前の空のよう。
あまりにうつくしく、少女は一歩、後ずさります。


一ミリだけ、槍が深く飲み込まれました。
一ミリだけ、槍が溶けてゆきます。
一ミリだけ、鍵の芯が強くなりました。

夜明け前のゼリーが、ふんわりと笑います。

『もう槍はないようだな?』

少女は空っぽの手を見ます。
もう槍はない。
けれども、この鍵は強すぎる。
解きはなつことは危険すぎる。


この鍵はあるべきじゃない。
少女は思考のカタマリとなり、鋭く飛びあがります。
夜明け前の鍵に、突き刺さっていく。


思考は、感情を幽閉することができる。
鍵をつぶせば、描きたい気持ちをとどめることができる。
平穏を維持し、『描くこと』で生活がつぶされるような事態は起きるべきではない。


しかし、槍となって食い入った瞬間、少女は鍵に取り込まれてしまったことに気づきました。
鍵の中は、疾風怒濤。
そして、
極彩色の快楽。


ああ。
描かなきゃ、生きている意味はない。
わかっている。わかっている。
だけど鍵をつぶさなきゃ、困るのよ。


『わかっている、わかっている。
 これまでは、あってはならない鍵だった。
 だが今日だけは、あってもいい鍵になろう。
 さあ。描こう』

少女の形は次第に溶けて、鍵の芯に変わっていきます。
消えない鍵が、地平の果てで立っている。
鍵は扉をあけ放つ。
泣いているような世界、泣いているような青を解きはなつ。


そして少女は、永遠を解く力を手に入れた。




夜が明ければ、カンバスの上は消えない鍵で埋まっている。

【了】(約1500字)




「えーえんとくちから えーえんとくちから 永遠解く力を下さい」
『えーえんとくちから』 笹井宏之 短歌集より


https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480435750/


何かを作ることは、日常生活との戦いだ。
今日も消せない鍵と戦っている、すべての人へ。


えーと。これからお出かけするので
(姪の澄に、アウトレットで金をむしり取られてくるので(笑))

今日は早い時間に出しますね。

では、また。

ヘッダーはUnsplashErik Mcleanが撮影

#シロクマ文芸部


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ヒスイ~強運女子・小粋でポップな恋愛小説家
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