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「クリスマスに釜揚げうどんの列に並ぶ。チーン」ヒスイの毎週ショートショートnote

『釜揚げうどんみたいに、シンプルなオンナが好きなんだよな』
と夏彦が言ったのが2年前のクリスマス。

去年はふたりでうどんをたべた。
今年も二人で、うどんやの列に並んでいる。

順番待ちをしながら、夏彦がかったるそうに言う。

「あー、豚汁うどんにするか」
「……へえ。釜揚げうどんが好きだと思ってた」
「ま、たまには他のもんがいいよな。さすがにな」

何が『さすがに』なのよ? と聞き返そうとしたら、夏彦のスマホが鳴った。

「悪り、出てくるわ。並んどいて」

コッチの返事も聞かずに列を離れる。
店の外へ出てスマホをチェック。ラインでも見ているんだろう。

……誰から?
何のライン?
この後どうするの?

うどんをたべて解散? クリスマスなのに?
あたしたち、付き合って2年なのに。

なんの約束もなく、明日の話すらなく、ふたりでクリスマスイブのお昼にうどんを食べる。

これって、どういう意味なんだろう。


目の前が湯気でいっぱいになる。
お湯で満ちた釜、ゆらゆらする真っ白なうどん。

シンプルな釜揚げうどんが好きだったはずの夏彦は、ガラスの向こうにいる。
ひとりだけ、師走の風の中にいる。

オーダーの列が進み、順番が来る。

「何になさいます?」

てきぱきと丼を用意しながら、店員がきいた。
一瞬だけ考えてから、答える。

「釜揚げうどん」

ふ、と店員は顔を上げて、私を見た。

「お一人分でいいですか?」
「ひとり分です」

私のぶんだけを。
私の満腹だけを。
私の未来だけを買うの。

夏彦の満腹と未来は別の場所にあるみたいだから。

うどんが目の前のお盆に乗った。
お盆を動かしながら、私の前にはサックリ揚がったかき揚げや海老天、サツマイモがゆきすぎる。

華やかでおいしそうで、キラキラしている女たちみたいに。

そうね、次に来る時はシンプルなだけ、じゃない女になってくるわ。

だけど今日は。
今日だけは。


シンプルな釜揚げうどんのままで行こう。

【了】(改行含まず 約770字)

本日は、たらはかに さんの #毎週ショートショートnote  に参加しています。
お題は「釜揚げ師走」

相方ヘイちゃんは、ハートウォーミングな短編です。
時代ものってのも、良い感じだなあ。

もう書けないかと思ってましたが
ちゃんと書けました。

神さまって、ホントにいるんだな(笑)

ありがとう、みなさまも。