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『整いたい、ひと』ヒスイの鍛錬・100本ノック⑱
「三十分も遅れて迎えに来るなんて。ヒスイ、あんたは時間にルーズすぎる」
車の中ではじまったママとヒスイ叔母ちゃんの口論は、健康ランドのサウナ室でも続いていた。
ママは真っ白なタオルを巻いてサウナのベンチに膝をそろえて座っているる。
ヒスイ叔母ちゃんはへらへら笑って
「ごめーん、おねえちゃん。ちょっと急用で」
ママはタオルとおそろいの白いベル型サウナハットの下から、じろりと見た。サウナハットはのぼせを防げるっていうウール製の帽子で、ママはそれをわざわざフィンランドから取り寄せたんだ。
「どんな急用よ。あんたね、いいかげんあんな男とは――」
と言いかけて、ママはあたしを見た。口を閉じた。
ヒスイ叔母ちゃんがサウナストーンに水をかける。ぶわっと上がった熱気のスキマから、ヒスイ叔母ちゃんがのんびり言った。
「おねえちゃん、その帽子、似合っているよ」
あたしがタイミングよく、話を合わせる。
「この帽子、お取り寄せなんだよ、ヒスイちゃん」
「さっすが。あんたのママは、昔から“整いたい”人だからね、澄」
「あんたは“整えられない”人よね」
ママの言葉にヒスイ叔母ちゃんは笑った。サウナストーンに近いところにいるから、だんだん顔が赤くなってきている。
あたしはちらっと時計を見た。十分入った、と思う。
「あたし、先にでる」
ヒスイ叔母ちゃんも一緒に出てきた。水風呂につかると一気に体が引き締まる。ふうっと息を吐く。
「ママは、あのヒトが嫌いなんだね。自分のカレシを、あんなふうに言われて腹が立たないの、ヒスイちゃん?」
ヒスイ叔母ちゃんは笑った。
「おねえちゃんが気に入るタイプの男じゃないからね」
「結婚するの?」
「どうかな」
ヒスイ叔母ちゃんは水風呂から出た。
「外気浴に行こう、澄」
あたしとヒスイちゃんは体を拭いてから、外に出た。
夜空には、月が出ていた。今日は半月だ。あたしは考える。
ちゃんとしているのが好きで、なんでも予定どおりにやるママ。
いつでも予定をぶち壊しているヒスイ叔母ちゃん。
姉妹なのに月と太陽みたいに違う。だからケンカばかりしているんだって考えた。
帰り道、あたしが車の後部座席でウトウトしていると、ママたちの声が聞こえた。
「ヒスイ。あのひと、ホントにどうするの?」
「考えていますよ」
ママは一瞬だけ黙った。それから言った。
「じゃあ、もう心配しないわよ。ヒスイはむちゃくちゃやるように見えて、実は“整いたい”人だからね」
くくくっとヒスイ叔母ちゃんが笑った。
「そしておねえちゃんは、整っているように見えてバッグの中がぐちゃぐちゃな人。
ねえ。あのサウナハット、ホントに役に立つの?」
ママがすまして言う声が聞こえた。
「効果は、全然わからない。でもかぶっていると、皆に見られて気持ちがいいのよ」
「おねえちゃん、昔から目立ちたがりだもんね」
「ありがちな四十女が、ありがちな格好していてもつまらないでしょう。髪の毛一本分でいいから他とずれてこそ、人生は面白いのよ」
あたしは後部座席から夜空を見上げた。半月が浮いている。
大人って月の満ち欠けみたいに、整ったり、枠からはみ出したりを楽しんで生きているのかな。
あたしもいつか、“整う”をコントロールできるようになるんだろうか。そうなるまでに、どんなことを乗り越えていくのかな。
考えるうちに、ヒスイちゃんが車のスピードを落とした。もうじき家だ。
整うのが嫌いなママが作り上げた、あたしの心地よい家。
あくびが出た。
今夜はゆっくり眠ろう。満ちて欠けてゆく月のことでも考えて。
《了》
『サウナハット』
サウナの熱い蒸気から頭部を保護する帽子です。サウナの本場、フィンランドなどでは、よく使われている「サウナの友」。
素材はウール100%のフェルトが多く、熱伝導率が低いためにサウナの中で使っても熱くなりにくい利点があります。
参考サイト:
#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#サウナ
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