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『リョコウバト、あるいは王の帰還』永山さま、行ってらっしゃい短編(笑)


「リョコウバト、って知っているか?」
 婚約者の良一(りょういち)がウェディングドレスの試着室でつぶやいた。私はロイヤルブルーのドレスを着たまま、鏡ごしに答える。

「しらない。ハト?」
「ああ。1914年に絶滅した。かつては北米だけで、何百億羽のリョコウバトがいたんだ」
「そんなにたくさんいて、なぜ絶滅したの?」

 私は次のドレスを手に取る。オレンジだ。
 彼は言った。

「まず、リョコウバトは数万羽単位で移動したから捕獲が簡単だった」
「すごいわね、数万羽?」
「そう。次に、当時の害獣だったから捕獲が推奨された。やつら、農作物を食い散らしたんだ。数十万が畑に来たら大損害だよ」
「あたしは害獣じゃないわよ」
「わかってる。最後に、鳩にしては大型で肉がうまかったから、どんどん獲られた。体長40センチくらいあったんだ」

 良一はそこで、にやりとした。
「”いい味”だったんだ――静(しずか)に似てるだろ」

 私は真っ赤になった。
「……ばか」

 良一は笑って、先に着たロイヤルブルーのドレスを指さした。
「これがいい。リョコウバトは頭から腰、尾にかけてあざやかなブルーだったんだ。
生きているリョコウバトを見るのが、俺の夢。
きみは、俺の夢みたいなもんだから――」

 私は、良一の夢を着て花嫁になった。
 この男と暮らすのは骨が折れるけど、面白い。



 ハネムーンはカナダ。二人で森を歩き回り、共通の趣味のバードウォッチを楽しんだ。
 早朝の森で、湿った土の匂いに囲まれて野鳥を見る。
 ノドアカハチドリ、アカオノスリ、トロント名物のアオカケス。
 あたしは良一の手を握り、

「そういえば、H野鳥研究所からメールがきていたよね。転職するの?」
「たぶんね」
「たぶん?」

 良一は立ちどまり、大きなカシの木を見上げた。
「――見ろよ、アカフウキンチョウだ。きれいすぎる赤色だな。
あの研究所さ、”リョコウバトの再生”を考えているんだ。そのプロジェクトに来ないかって」
「再生?」

 良一の髪が、朝の風にゆれた。
 
「今の技術なら、残った標本から遺伝子情報を取れる。全部の遺伝子情報を取得すれば”再生”は可能なんだ。
生きているリョコウバトが、見られる――リョコウバトの帰還だね」
「……ふうん」

 あたしたちはそのまま、静かな森を歩いて行った。
 半年後、良一は研究所に転職した。




 新しい生活が始まった。仕事をして休日は森で野鳥を眺める日々。やがて娘を授かった。娘の名は小鳩(こばと)。

 結婚12年目。私たちは小鳩を連れて、ハネムーンを過ごしたカナダへやってきた。良一の仕事が落ち着き、ようやく長い休みを取れたからだ。

 オンタリオ州にある、国立ルージュ公園の森は10年前と変わらず生き生きとしていた。
 夕暮れの森を三人で歩く。小鳩が言った。
「パパの研究所、絶滅した鳥を作っているんでしょう」
「作るんじゃない、遺伝子から“再生”するんだ。もうじき仕上げだよ」
「仕上げ? オモチャみたいだね。卵から生まれたのと同じ鳥じゃないの?」
「少し違うかな、“再生”というのは――」

 カサっと頭上で音がした。小鳩が尋ねる。
「パパ、ヘンな色の鳩だ」

 それは、大型の鳩だった。
 体長40センチ。顔は宵闇をまとったブルーグレイ色。頭から背中、尾にかけて浮き立つようなロイヤルブルーで、胸は夕暮れの空と同じオレンジ。
 オレンジ色は下に行くにつれて薄まり、足の付け根からお尻にかけては純白だ。
 風切り羽根は茶褐色。長く伸びる二本の尾羽は夜の漆黒。

 言いようもなく、美しい鳥だった。


 鳥はすっくりと首をあげ、夕空のなかに地図を見ているようだった。長い旅の始まりを確かめているような顔――。
 となりでナイロンがこすれる音がした。小鳩がポケットからスマホを出している。
「写メ、とっとこ」
「小鳩――」
 やめなさい、と言う前に、良一がそっと小鳩の手をおさえた。

「小鳩。よく見ておきなさい――リョコウバトだ。絶滅したはずの、リョコウバトだ。おまえの名前に、字をもらった鳥だよ」


 良一はふるえていた。いつも冷静で、声を荒げたことさえない男が、視線を樹上に据えて、小さくふるえていた。
 小鳩は父親の言葉に押されたように、黙って鳥を見上げた。

「きれいね。あれ、パパの研究所で作ったやつ?」
「――ちがう。遺伝子再生は、まだ最後のテストが終わっていない。これは」
 良一はぎゅっと、私と小鳩の手を握った。

「信じられない……野生のリョコウバトだ。絶滅していなかったんだ……リョコウバトが、帰ってきたんだ」

 そのとき、ハトがこちらを向いた。ゆっくりと首をかたむけ――首の後ろに生き生きした緑がさっと一刷毛、色づいている――良一を見おろした。

 ハトの丸い目がきらりとしたようだった。ゆっくりと翼を広げる。
 胸を張り、コバルトブルーの背をそらせると、リョコウバトは、あざやかに夕暮れの空に飛び立った。
 下から見ると、真赤な足がするすると純白の腹に格納されていくのが見えた。

 それは、威風堂々たる、王の帰還だった。
 私たちはただ、黙ってハトの王が飛び去るのを見ていた。彼はゆるやかに弧を描き、尾羽をなびかせて夕風に乗ってゆく。
 優雅なバレエダンスのような軌跡は、やがて点となり、消えた。

 どこかでキュキュキュ、とベニヒワが鳴いているのが聞こえる。森はゆっくりと夜の始まりに沈んでいった。



 帰国後。良一は研究所を辞めた。かなり引き留められ、退職するまでが大変だった。良一の技術がないと最終遺伝子テストがうまく行かないからだ。
 それでも何とか退職できた夜、良一はほっとしたようにつぶやいた。

「いろいろ仕込んでおいた……これで、”再生完了”まで20年くらいは稼げるだろう。その間にきっと、彼らは――」



 204×年 トロント・スター紙より抜粋。

『204×年6月、トロント大学の生命科学部 准教授、コバト・イナミ・ジョンソン氏は、国立ルージュ公園でリョコウバトの小群を発見した。群は雄雌あわせて十羽ほど。ヒナも発見されている。

コバト教授のコメント。
“リョコウバトは絶滅したと思われていました。非常に貴重な生体群です。今後も長期間にわたって、慎重な観察が必要でしょう。”

コバト教授は、これまでは全く異なる場所でリョコウバトを探索していたが、今回、偶然にルージュ公園で発見したという。

この生体群は貴重なサンプルとして、今後、オンタリオ州とトロント大学が共同で見守り、保護される予定である』


【了】約2500字

『リョコウバト、あるいは王の帰還』

本日は、へいちゃんと一緒に「お題:帰還」を書きました。
へいちゃんの、姉弟の絆にホロっとしますよ!

さて。今回のへいちゃん&ヒスイの短編は、永山浩士さんの「イラスト100(98)」をお祝いしたものです。
なぜ98で完了なのかは、こちらの記事をご覧ください(笑)。

ヒスイはですね、この方の線が、大好きでして。
筆ペンで描かれていると知ったときには、近所のイオンへ走り、筆ペンを買い占める勢いで手に入れました。
で、うまく使いこなせているか?といえば、
まあ、それはそれ(笑)。別問題でして。

とにかく、永山さんの伸びやかな線は、ヒスイの憧れのひとつなのです。

そして永山さんは、無事に「イラスト98」が完了したので、しばらくお休みに入られるそうです。
次の投稿予定日は
2026年4月21日(火)★ お昼12時41分(笑)

分単位で決まっているところが、永山さんらしい(笑)

ということで、本日はヒスイとへいちゃんから、永山様へ勝手にギフトです!!
「100」のお題に「帰還」は入っていませんが(笑) いっこ、オマケで書きます、ヒスイもへいちゃんも(笑)

どうぞ、へいちゃん&ヒスイはこのままご帰還をお待ちしておりますから
いつでもお帰り下さーい💛


あと、ついでに。今日の主役、リョコウバト。

「アメリカの鳥類」John James AUDUBON
著作権は消滅しているはず(笑)

上がメス、下がオス、らしいです。
リョコウバトについてもっと知りたい方は、こちらへどうぞ。


では。
明日はね、「毎週ショートショート」の日なんです。
ええまあ、ね。
がんばります(笑)

おやすみなさい、みなさま💛

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ヒスイ~強運女子・小粋でポップな恋愛小説家
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