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『音速ミーちゃん、白煙に消ゆ』ヒスイの毎週ショートショートnote
くぅわらり、と蕎麦屋の戸が開いた。
大みそか。
客でにぎわう店に、ひとりの老女が入ってきた。
静かな歩みで奥へ進む。すわる。
かつてはどれほどの美貌かと推測される品の良さだ。
視線の先には、厨房がある。
白く湯気を立てている鍋の向こうで、ゆゅらり、と人影が立った。
スリ足で出てきたのは、巨漢。
こちらは若いころからヤンチャをしてきたらしく、目つきもするどい。
老女はすわったまま一礼した。
男はわずかに顎を引いただけ。
ぴぃん、と音を立てて店内の空気が張り詰めた。
「……いきやしょう」
男が言うのと、茹であがった蕎麦がザルに乗るのは同時だった。
「さあどうだ!」
客がどよめく。
「……早ぇ……さすが『爆速のタツ』!」
しかし蕎麦はひとたぐりで老女の口におさまった。
次の瞬間、新しいザルが運ばれてくる。
「……さあ、さあさあさあさあ! どうだ!?」
ちゅるん。
「こいつでどうだぁっ!?」
ちゅるん。
「まだまだぁ! 茹で速は落とさん!」
ちゅるん。ちゅるん。
老女の目の前にいた若者がうなった。
「なんで……なんであんなに早く食えるんだ?」
「ふふふ。若いの、あんた知らんのか」
テーブルに座る老人が板わさをつまみに、ゆっくりと酒を傾けた。
「厨房は『爆速』かもしれんが、こっちのおバアは『音速』よ。
ひとよんで『音速のミーちゃん』」「お……音速のミーちゃん!?」
ととん、ととん、と運ばれてくる蕎麦は、老女の手元で一瞬にして消えていく。
ちゅるん。
ちゅるん。
老女は抜く手も見せずに蕎麦つゆにつけ、一気に手繰っていく。
その速さ、まさに音速。
間近にいた客ですら、手元がかすんで見えるほどのスピードだった。
ちゅるん。
ちゅるん。
すばばばばば。
ちゅるーん。
しかし三十一枚目のザルが空になったころ、老女の手元に揺れがでてきた。
しゃっきりと背筋を伸ばしているものの、顔色は透き通るように白い。
老人がつぶやいた。
「……まずい、さすがの『音速ミーちゃん』も年には勝てんか…」
三十二枚目のザルが届いたとき、一同は目を見張った。
「ミーちゃんが……消えた!?」
老女が座っていた席には、かすみのようなものがフワフワと浮いているだけ。
「ああ、伝説の女将『音速のミーちゃん』もここまでか……」
だれかが悔しそうにつぶやいたとき、ちゅるん、という音だけが聞こえた。
ちゅるん。
ちゅるん。
「……どういうことだ。音の後に、蕎麦が消えていく?」
「ミーちゃんはいないのに、蕎麦だけが消えて……ああっ、まさかっ!」
「まさか、ミーちゃんは音速を越えて、光速にいたったのか!?」
ちゅるん、ちゅるん、ちゅるん。
みるみるうちに蕎麦が消え、ザルだけが残った。
どこかから、声が聞こえる。
「まだ、修行が足りんの、息子よ」
厨房では巨漢がガクリと膝をついていた。
空っぽの椅子の上には、白い湯気がほんわりと浮かんでいた。
大みそかの年越しそば。
音速あらため『光速のミーちゃん』、爆誕す。
ちゅるん。
【了】
本日は、たらはかにさんの #毎週ショートショートnoteに参加しています。
お題は「決闘年越しそば」。
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