『駅前で、光線銃をうちぬいて』ヒスイの鍛錬・100本ノック⑨
『駅前で、光線銃をうちぬいて』
その女子高生は、おじさんにお金を払っていた。
駅前でスクールバッグから財布を出し、数枚の一万円札を男に渡した。男は金を数え、うなずいてから駅に消えた。彼女はさりげない様子であたりを見回し、駅の向こうへ歩いていった。
あたしは思わずつぶやいた。
「誰だっけ?」
ショートカットに黒ぶちメガネをかけた地味な子。あたしと同じ高校の制服で同じ学年バッジをつけているのに、あたしは名前が思い出せなかった。
翌朝、友達と登校する途中にようやくわかった。
「土屋麻美だ」
「つちや?」
「ああ、うん。ほらショートでメガネかけてて」
「ああ、“ジミ子”」
友達は笑っていった。
「ないわー、今どきメガネなんて。なんでコンタクトにしないのかな」
「何組だっけ」
「四組かな。いや、五組かも?」
それくらい印象に残らない子なんだ。そんな子が、なぜおじさんにお金を渡していたんだろう。
まさか。恐喝されてる、とか?
その日、あたしは下校時に“ジミ子”の後をつけた。興味、好奇心、ゴシップ好き。なんとでも言えばいい。とにかくあたしは、昨日の彼女のコソコソした様子が気になっていた。
彼女は昨日と同じ場所に立っていた。駅前の、ちょっと引っ込んだ場所。人目につかない場所。そもそもジミ子は人目につかない。
あたしはコンビニの前で自転車を止めた。ジミ子に気づかれない自信がある。あたしも目立たないから。
十分ほど待っていると、昨日と同じおじさんがやってきた。あたしはそっと二人に近づく。
ジミ子が言う。
「これで、最後に」
おじさんは邪悪に笑って、ノートサイズの封筒をひらひらさせた。ジミ子が封筒に手を伸ばす。
「ちょうだいよ」
恐喝だ、間違いない。あの封筒の中に、ジミ子の弱みが入っているんだ。あたしはいきなり二人の間に割り込んで、封筒をつかんだ。
「え、あ?」
おじさんは目を丸くしてあたしを見た。あたしはぐっと手に力を入れた。
「あたしの友達を恐喝するなんて」
「きょうかつ?」
「――あの。高野さん?」
ジミ子も変な顔をしていた。彼女はあたしを見ないで、心配そうに封筒を見ていた。
「高野さん、手を放してくれる? 見本刷りが、くしゃくしゃになっちゃう」
「みほん?」
ジミ子はうなずくと、見た目以上の力であたしの手から封筒をむしり取った。そっと開いて、中身を取り出す。
ごく薄い本みたいなもの。
ジミ子はあたしもおじさんもほったらかしで、その薄い冊子の裏と表を念入りに見た。さらに開いて一ページずつ見てから、うなずいた。
「うん。いいみたい。これを最終稿にして印刷して下さい」
おじさんは痛そうに手をさすり、あたしをじろっと見た。
「もう追加修正は受け付けないからね。コミケに間に合わせたいのなら、デッドラインだよ。見本刷りの郵送チェックが間に合わないから、わざわざ二日もここまで来たんだからね」
「ありがとうございました」
ジミ子は丁寧におじさんに礼を言った。おじさんはまた、駅に消えていった。
「なに? 本なの?」
あたしが言うと、ジミ子――土屋麻美は気弱そうに笑った。
「うん。あたし、マンガを描いてて。本を作って売っているの。学校の誰にも内緒にしているんだけど――みる?」
「うん」
あたしは薄い本を開いてみた。きれいな男の子ときれいな男の子が笑ったり、怒ったりしているマンガだ。ちゃんとコマ割りもされている。
「マンガ家みたい」
「うれしい! あたし、プロになりたいのよ」
ジミ子はニコッとした。
その瞬間、土屋麻美の顔から熱いほどの光線が放たれた。ジミ子なんかじゃない、まるでスターみたいな輝きだ。
あたしには、まだない輝き。
いつか見つけたいと願っている光だ。
それからあたしたちは好きなマンガについて話し合った。日が暮れきるまで、ずっと。どれだけ話しても足りない気がした。
駅前の薄い街灯の下、あたしたちはいつまでも笑いつづけていた。
ーーーーー了ーーーーー
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