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「雨上がりはいつも、僕の後ろにある」ヒスイの毎週ショートショートnote

うちはバー。カウンターだけの小さな店です。

今夜さいしょの客は男性。バースツールに座る角度が、そう若くもない雰囲気かな。
男からは、雨の匂いがした。
「ハイボールをお願いします」

私は酒を作りつつ、尋ねる。
「外、雨ですか?降り出しましたか」
男はうなずいた。
「ええ。まあ、もうすぐ止みますよ。今夜はハイボール一杯で終わるつもりなので」
……変なひと。酒のオーダーと天気は関係ないでしょ。

グラスをおくと、男は日に焼けていない指で酒を取った。

「僕ね、『てるてる坊主』って呼ばれているんですよ」
「てるてる……?」
「僕の頭上には、いつも雲がある感じで。なのに周りは、日光を浴びているみたいに明るいんです。だから『てるてる坊主』。
 ほら、雲が見えませんか?」

彼は天井を指さした。
こころなしか、コイツの頭上にだけ白い雲が湧いているような……?

男はつづけて、

「僕はずっと、他人に幸せを運ぶばっかりなんです。
『てるてる坊主』は雨を止めることはできるけど、晴天はろくに見たことがない。
かわりに、周りの人間はどんどん幸せになっていく。
先月はね、同期が営業成績ぶっちぎりで、社長賞をもらいました」
「……まあ」
「先々月は取引先の課長が宝くじを当てました」
「あら」
「その前は大学時代の後輩が、ミスユニバースと結婚しましたよ」
「たしかに、あなたのまわりは幸運続きみたいですね」
「でしょう? でも僕自身は、べつに幸せでも何でもないんです。
いつも幸せの予兆を、晴天の兆しを振りまいているだけ。
予兆は僕の前には来ないんです。
雨上がりはいつも、僕の後ろにある」

金色のハイボールは、するりと男の喉におさまった。
それから彼はスマホを取り出し、顔をしかめた。
私に見せる。

ニュース速報だ。

「『都内でゲリラ豪雨。麻布十番駅が水びたし』……?」
「どうも最近じゃあ『てるてる坊主』がパワーアップしたみたいで。僕のいるところ、行くところ、雨つづきなんです。
今夜もそろそろ、家へ帰れって言うことなんでしょう」

男は情けなさそうに笑って、立ち上がった。
カウンターに金をおく。

「ごちそうさま」

男が店を出てから気が付いた。
カウンターの金は一万円札。
千円と間違えたのね。

私はあわてて札をつかんで、男を追いかけた。
雨がおちる。
私をよけて、落ちていく。

「お客さん!」
彼が振りかえる。
びっくりした顔だ。

追いついて、札を出す。

「これ、千円札と間違えていませんか?」
「ありがとう……それより、なぜあなたは濡れていないんです?」
「私、晴れ女なんです。外へ出るだけで、勝手に晴れてくるんです」
「ほんとに?」

彼は頭上をみた。
雨がやみ、いきなり雲が切れて星がのぞきはじめた。
「すごいな……星なんて久しぶりに見た」

彼はのんびりと星空を眺め、それから、私の手から札を取った。

「ありがとう、じゃあ」

ああ、なんて残念なの。この人とは、もう少し一緒に居たいのに。
もっともっと、一緒に居たいのに。

「あの……」
言いかけた時、彼はスッと札を私の手に戻した。

「この一万円、預かっておいてください。明日も行きますから」
「えっ?」
「はじめて僕の前に、晴天がやって来たみたいだ」

そう言って『てるてる坊主』は笑い、行ってしまった。
私は一万円札を握りしめて、後ろ姿を見送る。
彼の足跡から、幸せの蒸気が立ちのぼるのが見えた。

この札は、きっと最初の恋文になる。

そんな気がした。

【了】(改行含めず約1400字)

本日は、たらはかに さんの#毎週ショートショートnote に字数オーバー参加しております(笑)
お題は「てるてる坊主のラブレター」


相方ヘイちゃんは

男が雨を呼ぶ存在だとしたら、
相手はどうなるのかなって。
展開が気になるショートショートですよん!

ありがとうね、へいちゃん(笑)

#ひとり66日ライラン
#出戻りライラン・笑
#32日目

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