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『女子高生・橋上に立つ 第三校』ヒスイの鍛錬・100本ノック⑦』

「女子高生って、ダイヤに興味ある?」
 男は長い指で、カフェのテーブルに箱をおいた。箱の中には、キラキラ光るダイヤの指輪あった。
 私は顔を上げた。そこにいるのは今日はじめて会った男だ。
グレーのスーツを着て、えんじ色のネクタイをしている。SNSのプロフィールには三十六歳とあった。つまり私より二十歳年上。
 私は低い声で答えた。

「興味ないです」
 男は唇を持ちあげた。笑うと口の端にしわが寄る。かっこいい、という子もいるだろう。たとえば、友達の高野澄ならきっとそういう。
 あの子は素直だから。
 私はだまされない。もうさんざんだまされてきた。
 ママやパパ、先生たち、SNSで知り合ったたくさんの人たちのウソを見てきた。私が本名も知らない男とカフェで会っているのは、ウソを見抜く目を養うためだ。
 私はじっと男の顔を見た。整った顔に、黒縁のめがね。

「知らない人から、宝石なんかもらいません」
「きみは知らない人と会っている。同じでしょう」
「会うことと物をもらうのは別です」
「金ならどうだ。きみぐらいの年なら、欲しいものがいっぱいあるはずだ」

 男の目は、探るようだ。じわっとあたしの手に汗がたまる。
「金はどうだ? 本当にいらない?」
 私は言葉に詰まる。
 ほんとうに欲しいのはお金じゃない。私の中の黒い部分を消してくれるものだ。私の中心にある不信・孤独・あせり・あがき・嫉妬・不安。
 私からあふれたものは、私のまわりをぐるりと一周して行き場を見つけられずに戻ってくる。
 結局、戻ってくる。いやなもの、黒いものが。
 ここから。逃げ出したい。
 
 結局、お金で解決できるんだろうか。私は目の前の男を見る。
 ふっと、男の目の色が変わった。
 「SNSのメッセージは面白かったんだがな。文章は人の本質をさらすから。だが実物のきみは普通か」
 そのとき、ポケットのスマホが振動した。私はわざとゆっくりスマホを取り出して見た。

 友人の澄からのライン。澄はこの男と会うのを、とめていた。危険だといっていた。ラインの内容もおなじもの。
『知らない人と会うなんて、やっぱりダメだよ。コンビニで会おうよ』
 澄の柔らかい文字にあぶられるように、私は立ち上がった。
 ひとりでカフェを出る。



 歩きながら、涙がでるのを感じた。大通りを歩き、コンビニに入ってトイレに飛び込む。鏡を見るとメイクはぐしゃぐしゃ。アイラインはにじみ、チークと混ざってしまっている。つけまつげが剥がれかけていた。
 私は冷たい水で顔を洗った。洗うたびにメイクが落ちていく。コンビニのトイレの鏡に私がうつっていた。
 十六歳。優等生。メイクがうまくてSNSで知り合った男と会ってばかりいる長良ちづる。
 私は私が嫌いだ。なのに、逃げられない。

 タオルハンカチで顔をきれいに拭く。ガムを買っていると、澄が来た。
「なんともなかった? 逃げてきたの?」
「何もないよ。帰ろう」
 二人でコンビニを出たところで、私は立ちどまった。
 橋の手前に、あの男が立っていた。

「メイクを落としたな。その顔が見たかったんだ」
 男の表情はさっきとはまるで違う。動きをぬぐい取った冷たい顔。男はジャケットのポケットから名刺を取り出した。名刺を見て、私は思わず叫んだ。
「モデル事務所? 信じない」
 男は笑いもせず、曲がっていないネクタイをなおした。
「信じるかどうかは、きみしだい。だがこれ以上の話はきみのご両親とするよ。未成年だからね」

 そういうと、男は行ってしまった。澄は顔をしかめた。
「あやしい。そんな名刺、捨てなよ」
「そうだね」
 私は名刺を川に投げ入れようとして、手を止めた。
 「大人はウソばかり。分かっているけどね」
 そう言いながら、名刺を財布にしまう。
 うそかどうか、自分で考えることだ。未来はいま、白い名刺となって私の手の中にあった。
 私はすっぴんのまま、澄といっしょに北風にさからって歩きはじめた。

《了》


★★★
シンプルになおす部分だけ、なおしました。
よろしくお願いいたします。


#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック

100本ノック 次のお題:(ニセモノ・三校)→詐欺→D&G→昔話→ケーキ→くじら

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ヒスイ~強運女子・小粋でポップな恋愛小説家
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