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『晴れた日は、カッパを干して』ヒスイの小さな恋愛短編

 その瞬間、眼の前がまっしろになった。耳だけは、冷静に電話口の声を聴いているが。

「お預かりしておりますノートパソコンの修理見積は、約11万円になります」

 オペレーターの口調は少しトーンダウン。そりゃそうよね、7万円で買ったパソコンの修理費が10万超えるんだものね。
 かろうじて、返事をした。

「そのまま返却してださい。修理不要です……」
 こうして、修理に出してから10日後。電源さえ入らないノートパソコンが戻って来たのだった。



 マンションの窓から見上げる5月の空は、青い。
 腹が立つほどに透明でうつくしく晴れやかに、青い。晴れやかじゃないのは、ローソファにひっくり返っているあたしだけ。
 足元では同棲中のカレシ・圭太(けいた)が、こわれたパソコンを眺めている。

「これ、どうすんだ、照葉(てるは)?」
「もう使えないでしょ。処分しないと」
「じゃ、おれがもらうわ」
 そこであたしは、むっくりと起き上がった。
「——このパソコン、直るの?」
 
 圭太は何も言わない。が、経験上、この男が何か言いだすときはかなりの算段が出来あがっているのを、あたしは知っている。
 つまりパソコンが復活する可能は高い。
 
「ホントに直るなら、修理代を出すよ」
「10万か?」
「サポートセンターじゃないでしょ、4万ね」
「手間賃にもならねえ」
「夕食もつける」
「めしは、どうせおれが作るんだろ。なあ、最終的に直らなくても文句を言わねえな、照葉?」

 あたしはうなずいた。ダメもとだ。やってもらおう。
 圭太はダイニングテーブルの上にあるものを片付け、壊れたパソコンを置くと、周りに必要なものを並べた。
 ドライバー、粘着テープ、ルーペ、はんだごて。あとはもう、見当もつかない機材の数々。
 圭太は電源すら入らないパソコンに両手を合わせると、

「長い間、おつかれさん。じゃあ、やってみようか」

 と言ってから、パソコンの裏ふたのネジをはずした。
 裏ふた、バッテリー、カードスロット、キーボード。みるみるうちにパソコンから衣装がこそげ取られていく。
 それにしても、機械を分解しているときの男って、どうしてこう嬉々としているんだろう。場合によっては女の服を脱がすときよりも楽しそうなんだけど。

 ちょっと腹が立ってきて、つぶやく。
「直せるんなら、なんでサポートセンターへ出す前に言わなかったのよ」
「直るかどうか、わかんねえってば。こいつはおれのお楽しみ。
それにおまえ、パソコンが起動しなくなったとき、秒でサポートセンターに電話しただろ」
「うん」
「おまえは、自分が思いついたことをやってみなきゃ、絶対に納得しないタチだ。だから、まず好きにやらせて、ダメならおれが引き受けようと」
 圭太の手はどんどん動いてパソコンを裸にしていく。あたしの所有物が、想像もしたことがない形に変わっていく。
 キーボードすら引っぺがされたむき出しの機械の上を、風が通っていく。

「このあいだ、な」
 と、圭太は話し始めた。
「おれがいま請け負っているサイト構築の作業、すこし、後輩にまわしたんだよ。そいつも仕事がいるし。
だけどさ。上手く進まないわけ。最初から気になる部分はあったんだが、とりあえず黙ってた。

そしたら案の定、時間かかるし、バグは出るし。
”泣きっつらに蜂、雨ふりゃ土砂ぶり”って感じだよ。
こっちの作業をしながら、あっちもチェックして。黙ってみているのも、しんどいもんだなって思った——でもさ」

 圭太はスマホで修理途中のパソコンを撮影してから、部品をつないでいる配線をはずした。修理後の復旧のために、撮影したらしい。
 こういうところは、細かい男なんだ。

「おれもそうやって育ててもらったし。自分でやらなきゃ、わからない事がある。経験って大事なんだ。
受けた恩をほかの誰かに返すことで、地球が回るしな」
「あんたと地球が、ここでつながるとは思わなかったわ」
「つながるんだよ。おれは宇宙と交信できる男だ——って、何してる、照葉?」
「お昼のピザを発注するの。圭太、ご飯をつくれないでしょ?」
「おまえ、ほんとに料理をしねえ女だなあ」

 圭太は立ち上がって笑った。それをみて、言う。
「あたしは、料理ができないオンナです。でも圭太が雨にふられたら、カッパをもって駆けつけるよ」
「カッパ? 傘じゃないのか」
「カッパなら、二人でかぶって一緒に雨をよけられるから」

 電話がピザ屋につながった。オーダーする。
「えーと、シラスのマルゲリータと、さくらえびとシュリンプのMサイズをお願いします」
 圭太が口をはさむ。
「こらまて! 肉トッピングもオーダーしろよ」

 ぷちっと電話を切ってから、笑ってみせた。
「残念でした。オーダー終了」
「ちっ」
 圭太はルーペで細かい部品を調べはじめた。しばらくしてから、

「お、ここだ。コンデンサにひびが入ってるわ——なあ、照葉」
「なに」
「土砂ぶりの日に雨具を持ってきてくれる女がいるって、わるくねえな」
「うん。ついでにあたし、晴れた日にはカッパを干せるよ」
「わるくねえな」

 圭太が笑った。
 5月の11時。緑色をおびた風からは、かすかにミントの匂いがした。


【了】(2100字)

今日は金曜日! へいちゃんも同じお題「雨具」で短編を出しています。
ほんわかした、心なごむ短編です。

なお、本日の短編。
ヒスイに限りなく似た主人公が出てきますが(笑)
「すべてフィクション」です!
事実は、水没したノートパソコンの修理代が11万と言われ、修理なしで戻って来たことだけ……  (>_<)
こわくて、まだ起動できません。どうなるんでしょう!?



NNさまの企画62
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題・雨具

今後のお題
【2】SNS   【4】水 【7】歩道橋 【8】終幕 
【10】マトリョーシカ 【12】落書き
【14】エレベーター 【16】忍者 【19】労働 
【20】歌 【21】危機一髪
24】お茶 【32】昔話 【43】鬼 
【46】枯れ木 【54】蜘蛛 【55】タイムスリップ 
【57】ポーカー 【58】春告げ鳥 【61】舌先三寸 
【66】ポップコーン  【70】スキャンダル
【73】アナログレコード 【75】★裏切り★  【80】まちぶせ 【81】ゆうびんやさん 【82】★みなとさん3★ 【84】天気予報
【85】湖底 【86】豆電球 【88】ペンギン
【89】★みなとさん4★  【91】体重
【92】ダリア 【94】はらごしらえ 【95】ロングヘア 
【96】遅配  【99】船 【100】カブト


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ヒスイ~強運女子・小粋でポップな恋愛小説家
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