「歩道橋で死のうか迷っていたら、背中を蹴られた、件」ヒスイの2分短編
俺は――もうダメだ。
歩道橋から夜の車道を見おろす。車のライトがすい星のように尾を引いている。白いヘッドライト、赤いテールランプ。
会社はつぶれ、借金まみれだ。遊びすぎて離婚され、娘とは十年前にあったきり。女たちはみんな逃げた。
ひとりぼっち。
古い歩道橋は車が通りすぎるたびにガタガタ揺れる。俺の手もガタガタ震え、ああもう、死ぬしかない……さすがに動悸がするな……。
ドガッ!!
「痛ってええ!」
蹴とばされた腰をさすりながら振りかえる。女子高生くらいのコが立っていた。
短い髪。背中の大きくあいたホルターネックにジーンズ。痩せていて胸はペタンコ。化粧をしていないので、男か女か、区別がつかない。
美人……のような、そうでないような??
そんなことより、コイツは俺を蹴ったんだ。
「何するんだ!? 痛いだろ」
「あのさあ、飛ぶならさっさと飛んでよ。アトが詰まってんだから」
「アト?」
俺はきょろきょろした。だがいるのは、この少女だけだ。まさか、このコも死のうとしているのか?
猛烈に腹が立ってきた。
「妙なことを考えるな! 君はまだ若い。再チャレンジできる!」
「えらそうに! 今やるか、やらないか。どっちかでしょ!」
……ぐぬう。正論だ……。
俺は歩道橋の手すりに置いた指先を見た。
47歳。必死に働き、金をつかみ、楽しく遊んだ。
そうか。もういいのか。
ぼんやりと歩道橋の手すりによじ登る。足元がグラグラする。脂汗が流れる。
ああ、人って、死ぬまぎわまで汗をかくんだな……。
さすがに心臓が、激しく打つ。
いっそ、目をつぶって飛び降りようとしたとき、ガツッとまた蹴られた。
「どっひゃーーー!」
落ちた。
……が、必死で歩道橋にしがみついた。
俺はいま、指3本で、この世とつながっている。
頭上から、彼女の声がした。
「うっわ、相手をまちがえた! あのさ、助かりたい?」
助かりたい? と聞く声は、十年も会っていない娘に似ている気がする。
――娘。
会いたい。会いたい。もう一度だけ――。
「助けろ! 頼む!」
「わかった、やってみる」
ちょっと頼りないふうに、彼女は言った。そして歩道橋の手すりによじ登った。俺は悲鳴を上げる。
「君が飛びおりて、どうするんだ!」
「え? だって、落ちなきゃ始まらない」
彼女はそのまま、手すりを蹴った。夜空に向かってダイブ!
俺は片手を歩道橋から離し、精いっぱい伸ばした。
「バカ、つかまれ!」
彼女は、落ちながら言った。
「――“災いはあなたに臨(のぞ)まず、悩みがあなたの天幕に近づくことはない”」
「はあ?」
濃紺の空に、白いホルターネックが飛んだ。くるりとひるがえった背中から、メリメリと音を立てて翼が生えた。
汚れなく大きく、しなやかな翼。
月を切るように羽ばたきすると、彼女は大きく旋回して、俺を引っ張り上げた。
ニヤリと笑う。
「”主はその羽をもって、あなたをおおわれる”――よかったね。初飛行だから、成功率は五分五分だったの。ドキドキしたわ」
「俺は練習台かっ!」
そうツッコんで、目を閉じた。
羽根の中は甘い匂いに満ちていた。
生まれたての赤ん坊の匂い。
めぐり来る、朝陽の匂いだ。
――家に帰って、娘に電話しよう。とりあえず借金は忘れて。
【了】約1300字
『歩道橋で死のうか迷っていたら、背中を蹴られた、件』
作中のセリフは、旧約聖書から引用しました。
旧約聖書・詩編91。「末日聖徒イエス・キリスト教会
https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/ot/ps/91?lang=jpn
明日は金曜日。へいちゃんと一緒に、短編を書きます。
今のところ、全くの空白、ノーアイディアで(笑)
ヒスイがお願いしたお題なのに、どうしよう、と。
歩道橋にいったら、ネタが落ちているかなあ(笑)
NNさまの企画72
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題・歩道橋
今後のお題
【4】水 【8】終幕 【10】マトリョーシカ
【12】落書き 【14】エレベーター 【16】忍者
【20】歌 24】お茶 【32】昔話 【43】鬼
【46】枯れ木 【54】蜘蛛 【58】春告げ鳥
【61】舌先三寸 【66】ポップコーン 【70】スキャンダル
【73】アナログレコード 【80】まちぶせ 【81】ゆうびんやさん 【82】★みなとさん3★ 【84】天気予報 【86】豆電球
【88】ペンギン 【89】★みなとさん4★ 【94】はらごしらえ 【95】ロングヘア 【96】遅配 【99】船 【100】カブト
消えているけど【鳥獣戯画】。書いてないです。ぜったいに(笑)
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