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「肋骨の向こうから、青い風が吹く」ヒスイのシロクマ文芸部

「街クジラ」看板のある岬へと、あたしと慎吾は歩いていく。
遠距離カップル、久しぶりのデート。
夏のはじめ、まだセミが鳴いていない日曜の午後は
空の青が濃く見える。

「慎吾の住む街、町営博物館にクジラの化石があるなんてかっこいいね」
「復元レプリカだけどな。全身ぶん展示しているってのが、すげえわ」

化石好きの慎吾は、口ではクールなことを言っているが、今日も2カ月ぶりに会った瞬間から、スマホで何度も
『街クジラ、ツチクジラの復元・全身化石を見よう!』
ってページを見なおしていた。

「ツチクジラってのはさ、今でもいるんだよ。
 ただ、深海にもぐるクジラなんで、実物を見るのは難しいんだな」
「深海にいたクジラが、化石になって、街で展示されている。
 よく考えたらすごいことよね」
「屋外展示されているってのも、珍しいんだ。ほら、着いたぞ」

慎吾の指の先に、白い骨格標本があった。骨と骨のあいだから夏空と海が見えて、青のすきまを泳いでいるようだ。

「クジラっていうより、イルカみたい。鼻先が長いんだね」
「復元された化石は『ツチクジラ』だ。長くとがったくちばしがある。
 学名はBerardius kobayashii。佐渡島で見つかったんだぞ」
「日本で見つかったの!? いつごろのもの?」
「ツチクジラ属は、中期〜後期中新世には存在していたって言われてる。だいたい1200~1100万年まえかな」
「……想像もつかないね」

あたしは復元された骨をのぞきこんだ。
時間と街の風にさらされた骨は、やさしい乳白色。そっとふれると1100万年分のざらりとした時間があった。

「このツチクジラも、まさか自分が博物館の中庭に展示されて『街クジラ』として人気が出るなんて、思っていなかっただろうね」

慎吾は喉の奥で笑った。

「生きている間は、クジラも人間も目の前のことしか考えてないよ。
 たとえばおれだって、死んで、化石になって、
 子どもの子どもの子どもに発掘されるとか、考えないだろ」
「それぐらいの時間じゃあ、化石にはならないんじゃない?」
「どうかな。ためしてもいいんじゃないか。
 まず、子どもと『街クジラ』を見にきてさ」

あたしは慎吾を見た。
乳白色の化石が反射している顔の先に、まだ見たことがない、小さな骨が見えた。
その先にも。
その先にも。

「引っ越してこねえか」
声は、小さな骨から聞こえたみたいだ。

あたしは、遠い昔からここまでつづく命の流れに、そっと指を差しこむ。

「お弁当もって『街クジラ』を見にくるとか、いいよね」
「ああ。いいな。秋には紅葉もあるぞ」

ふわ、と『街クジラ』の肋骨のすきまから、青い風が吹いてきた。
遠い過去と、近い未来が、あたしの目の前できらめいている。


【了】(改行含まず約1100字)

本日は小牧幸助さんの、#シロクマ文芸部 に参加しています。
冒頭は「街クジラ」です。

そして今回は、冒頭まるごとに、
紫乃ちゃんの俳句をお借りしました(笑)!

『「街クジラ」看板のある岬へと』紫乃 さま

この句を見た瞬間、ぶわっと物語が浮かんできたので
もはや
恥も外聞もなく
お借りします(笑)!!!

潮の香りがただよう一句ですね。


シロクマ文芸部は、タグをつけて、
参加者さんの作品を読み、コメントを入れていくだけで参加できる企画です。
最近、あまりにも参加数が多すぎて
管理が大変だそうです……。
なにか方法を考えなきゃと思いつつ、
なにも思いつかないヒスイです(笑)。


6月末のコンテストには間に合いませんでしたが、
ちょっと長めのものを並行して書いています。
noteのお休みもちょっと増えるか、と思います。

よろしくお願いいたします。

参考サイト:『科学館日記』  新潟県立自然科学館 -スタッフコラム-

ヘッダーはUnsplashGirl with red hatが撮影

#シロクマ文芸部

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ヒスイ~強運女子・小粋でポップな恋愛小説家
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