「ママが朝ご飯を作らない、には訳がある」
「生きているということ。それは誰かの元へ灯りを届けること。誰かの灯りを見つけてそこに進むこと。届いた灯りを受けて立ち続けること」墨字書家・五輪 @ 言葉の真剣な遊びびとさま
『ママが朝ごはんを作らない、ワケ』
母親というのは。常に疾走しているものだと、私はそう思っていた。
なぜならうちの母親は、24時間×7日間ずっと、何かに向かって走っている人だからだ。
それがほかの家の母親と違う、と気づいたのは小学4年生、友人と話していたときのことだ。友人は、
『お母さんの朝ごはん、量が多くて、食べきれないの』
『そんなの、残せばいいじゃん』
『お母さんが目の前にいたら、残せないでしょ』
……おかあさんが、目の前にいたら?
いや、いないよ。お母さん、寝ているじゃん。朝ごはんは、用意してあるものを食べればいいだけだよ。
とは。
言いにくい雰囲気だった(笑)。それ以降、私はほかの子どもの会話に耳をそばだてるようになった。
綿密なリサーチの結果、わかったことは以下の3点。
1.お母さんというのは、朝、子どもより早く起きるものらしい。
2.お母さんは、朝ごはんをその場で作るらしい。
3.お母さんというのは、夜中までコトコト何かを作っているものではないらしい。
どうも。
うちの母親は一般的な「お母さん」と違うと、私は10歳にしてようやく気付いたのだった。
ともあれ。
気づいただけだった(笑)
母はやはり夜中まで起きて仕事をしていたし、朝は私と姉、弟が学校に行くころにベッドから這い出して来る。
巣からころげ落ちたミノムシみたいに。
ほんわりと、家の奥にある寝室から玄関に向かって歩いてくる。
ちなみに、父はとっくに食事を済ませて出勤した後だ。
「いってらっしゃーーい」
時に毛布にくるまり、時に髪にブラシをかけながら、母は玄関先でそういう。私たちが何の違和感もなく、「行ってきます」と登校した。
不思議でも、なんでもなかった。それが日常だったからだ。
母は、学校を卒業してすぐに結婚。一人目の子供が生まれた後、二人目の私を身ごもるまでに時間があった。
そこで、物を作る仕事を始めた。もともと彫金が好きだったというのもある。
主婦の趣味、と言ってしまえばそれまでだが。
そこに母の作ったものがあり。
知人のカフェに置けば、売れてしまい。
少しでも長くカフェの棚に商品を残すために、それなりの金額をつけても。
ちゃんと売れた。
こうなると、作るしかない(笑)。
クリエイターの常なのか(笑)、母は夜中に集中するみたいだった。だから仕事は私たちが寝た後から始まり、深夜1時・2時まで続いていた。
母がリビングで鳴らすコトリコトリという金属音が、私たちの子守歌だった。
当然、朝は起きられない(笑)。
私たちの朝食は冷蔵庫の3枚の皿に、それぞれ盛り付けてあった。レンジでチン。お米は炊飯器タイマーで毎朝、炊き立てだった。
幼いころ、なんとなく言いにくかった我が家の朝事情だが、高校生くらいになると平気になった。むしろ、友人たちにはうらやましがられた。
つまりそれは、お互いに干渉しあわない母子関係だったから。
いま思えば。
母はいつも、私たち子どもと一定の距離をとろうとしていた。
いずれ親の手を離れる子どもたちに対して、母はいつも意識的に距離をはかっていたのかもしれない。
それこそが、母の起きない理由であり、朝食を作らない理由だったのかもしれないと。
そんな気がする。
先日、ふと姪に聞いてみたら、
「おばあちゃん? 遠足のお弁当はいつも朝はやく起きて、作ってくれたよ」
という。変わったもんだ、と私は笑った。
母の作るものは、今も知人のカフェに置かれている。
棚はたいてい空っぽだ。
そして母は。今も疾走し続けている。
孫のお弁当を作りながら。
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今日のお話は、ちづさんのお母さんのエピソードから、思いついたものです。ええ、心当たりの人たちが登場しますが(笑)。
いちおう、フィクションということでお願いします。母の名誉のためにも(笑)。周囲には良妻賢母で通っているみたいだから(笑)。
そしてこのお話は、ジユンペイさんの「曲から小説」企画にも参加します。
ちょうどね、こんな曲の母親なのですよ(笑)。
曲②
この企画、今日の深夜24時までの〆切です。
ギリギリ参加で、ごめんなさい、ジユンペイさん(笑)
あっ、ジユンペイさんから記事の紹介をしていただきましたよ―!!
冒頭の名言は、五輪様からお借りしました。
「神様から貰ったこの五感。」を駆使して、美しい書をかかれる方です。
ヒスイ、この人が描き出す文字が、大好きなのです。
まるで一服の絵を見ているよう。
では。今夜も20時の「物欲ダパダパ日記」でお会いしましょう。
またね。