「ジャンピングジャックで、花をつかみ取る」ヒスイの家族短編 1200字
弟、高野玄(たかの げん)が家出をしたのは9歳の時だった。理由は、姉である私、高野翠(たかの みどり)にゲームのセーブデータを消されたから。
「翠ぃぃぃ! 今日はゆるさね!!」
叫んだ玄はキッチンで食パン一斤をつかみ、そのまま駆け出して行った。
私は知らん顔で、そのままリビングで絵を描き続けた。玄は3人姉弟の末っ子、100パーセント甘ったれ。
どうせ公園にでも行っただけよ。夜には帰ってくる。
20時。帰ってこない玄を心配して母が騒ぎはじめた。
心あたりを母に聞かれ、私は事実そのままをつたえた。母は目を青白くして、
「どうして止めなかったのよ、翠!」
「しらない」
11歳の私としては、ふてくされるしかない。母があわてて知り合い全員に連絡を取ろうとするのを、父が止めた。
「一晩くらい、待て」
しかし、母はすでに半狂乱だった。
「待つ? 何かあったらどうするんですか!? 玄はたった一人の男の子ですよ。家業を継がせる、大事な子供じゃありませんか!」
我が家には、代々つづく家業がある。家を継ぐのは私の姉と決まっているが、家業を継ぐのは玄である。
少なくとも私の母にとっては、3人の子供のうち2人が、”完成形”の決まっている子供だった。何も決まっていない、ゲル状の未来を持たされているのは中途半端な真ん中っ子の私だけ。
高野玄(たかのげん)は、9歳にして人生のルートがほぼ決まっている少年だった。
玄は、それを薄く感じていたのかもしれない。
9歳の少年が踏み込んだジャンピングボードは、ゲームデータじゃなかった。
つまり玄はゲル状の未来が欲しかったのかもしれない。
(いや、その後の彼の人生を思うと、あるいは本当にゲームデータが命の次に大事なものだった可能性も高いけど)。
だがその夜、父ははっきり言った。
「一晩、自由にさせなさい。玄は帰ってくる。そういう子供だ。
おまえはそう思わないのか?
玄が、家を継ぐ子供だから心配なのか? 違うだろう。
私たちが玄を信じないで、どうするんだ」
ふだん大声も出さない父の言葉が、その夜は鋭角を持っていた。
その言葉で、母の肩がまろやかになった。
もちろん、玄が誘拐や事故、事件に巻き込まれた危険性もある。
父は警察に電話をし、そのままどん、とリビングのソファに座ってしまった。
そのときの父の背中を、私は忘れることができない。
ちょうど枯れ木に花が咲くのを待つ人のように、腰を据え、時間を味方に引き寄せて待つ背中だった。
父の隣には、細い母の背中が寄り添っていた。外出先から戻ってきて着物を脱ぐことも忘れ、夏帯の花をつつましく咲かせていた。
枯れ木を飾る花のようだった。
2時間もしないうちに、玄は見つかった。
隣町の公園まで自転車で行き、ベンチで寝ているところをパトロール中の警察官に発見された。
母にしこたま怒られ、玄は簡単にあやまった。そして自室へ戻る階段の途中で、私を見た。
言葉が、ころがりでた。
「ごめん、玄」
「おやすみ、ねえちゃん」
玄のまるい横顔はなんだか少し肉がそげ、すすどくなったようだった。
私は父の立った後のソファに座り、また絵を描きはじめた。
気づけば――
スケッチブックいっぱいに、玄の好きなゲームキャラが描かれていた。
全員が、笑ってジャンピングジャックをしていた。
【了】(1200字)
今日のお話は、ヒスイの大切な友人に。
懐かしいことを思い出させてくれて
ありがとう。
NNさまの企画88
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題・枯れ木
今後のお題
【4】水 【12】落書き 【16】忍者 【43】鬼 【54】蜘蛛
【61】舌先三寸 【73】アナログレコード【82】★みなとさん3★
【89】★みなとさん4★ 【94】はらごしらえ 【95】ロングヘア 【96】遅配 【100】カブト
消えているけど【鳥獣戯画】。書いてないです。ぜったいに(笑)
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