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『僕のスマホは、とととと……』ヒスイの怪談マニア向け・短編

『怪談マニア、ホラーファン集まれ! SNS上で“百物語”を完成させよう! 
 きみの秘蔵の怪談を『♯ ほどよい恐怖』をつけて、発信してみて。
 100話めの怪談が公開された後、何が起きるかはお楽しみ……』

 これだけ入力して、僕はSNSの発信ボタンをポチッと押した。
 あとはもうオンラインの海にひそむ膨大な数の発信者に任せておけばネタはどんどん集まるはずだ。
 それを記事にまとめればいい。

 僕はネット上に出す記事を作るWebライターだ。
 本当はホラーとかオカルト系の記事は得意じゃないけれど、しがないフリーランスだから仕事は断らない。
 それに、この仕事は実入りがいいほうだ。

 ふと、大きく伸びをして時間を見る。
 午後2時。
 昼めしにするかな。僕はカップめん用のお湯を沸かしはじめた。
 ちなみに、うちにはテレビも時計もない。スマホとPCさえあれば仕事はできるからだ。


 それにしても、『恐怖』って、いったい何だろう。
 小説や映画、ドラマには山ほどジャンルがあるけど、根強い人気があるのがホラーだ。
 僕はクライアントから『恐怖』というテーマをもらって以来、ずっと考えていた。
 なぜこれほど、人は『怖いもの』に惹かれるんだろう。


 推論として出したのは、『究極の恐怖=死を飼いならしたい』からじゃないか、ってことだ。

 辞書によれば『恐怖=おそれること、怖いと思うこと』とある。
 つまり恐怖とは感情であって、事実や行動じゃない。人の内部に生まれ、内部で増殖するものだ。

 太古の昔から、人にとっては死が最大の恐怖だろうと思う。
 死んだあとどうなるかは、誰も知らないからだ。知らないということは大きな不安だ

 不安の大波から逃れるために、人は、あえて怪談を読む。
 恐怖譚に身をさらし、辛すぎる食べものをちょっとだけ口に入れるように絶対的な恐怖を少しだけ味わう。
 あらかじめ逃げ出せるルートを用意しておいてから、恐怖という怪物をつついてみるんだ。
 安全な場所から。

 それが、ホラー人気の理由じゃないだろうか。

 ピーっと電気ケトルが鳴った。僕は適当なラーメンを選んでパッケージを破る。湯を入れる。ついでにスマホをのぞく。
 お、もう最初の怪談がタグづけされている。
 どんなのだ?

『僕の友人の話ですが、安いからって事故物件に入居したら、一人暮らしなのに勝手にトイレのカギが内側からかかって、開けられなかったことが何度もあったそうです。
 怖くなってすぐに引越しました』

 うーん。あんまり怖くないけれど、最初だからこんなもんか。
 おっと、次々来るね。

『私の実家には、ずっと同じお化けがいるみたいです。子どものころに廊下の端にずっと立っているナスビみたいな男の人がいて、こわくて。
 ずっと忘れていましたが、先日2歳の息子を連れて帰省したら、ムスコが廊下をじっと見て、”あそこに、ナスビがいる”って』

 おー、これも王道ネタだ。
 実家、暗い廊下、子どもだけが見る幽霊。いいね、使えるよ。
 それにこの話は、まさに『ほどよく怖い』だよな。
 リアルに想像したら鳥肌もんなんだけど、幽霊がナスに似ているっていう笑いをぶっこむことで、恐怖を中和しようとしている。

 いいね。この調子じゃあ、100の怪談なんてすぐに集まるよ。
 僕は意気揚々として、カップ麺を食べはじめた。
 そのまま眠気に誘われる。昨日も遅かった。ちょい昼寝するか……。



 ハッと目が覚めたら、部屋の中が薄ぐらくなっていた。しまった、寝すぎたらしい。
 あわててスマホを見る。うわ、もう夕方5時じゃん。今日の仕事を片付けないと。
 まずは怪談の収集状況を確認しよう。

 スマホをSNSにつないでびっくりした。
 せいぜい3時間くらいのうちに400もの怪談が集まっていた。ほとんどが、この2時間くらいに投稿されている。『♯ほどよい恐怖』のタグが、プチバズったらしい。
 
ただし、こういうものは玉石混交というか、使えないものも半分くらいある。だから、いくらあってもいいんだ。
 100話めの怪談はなんだったのかな。
 僕はさかのぼってスクロールしはじめた。

 ちょうど100話めの投稿は、午後3時だ。
 ――ん? これ、怪談じゃないよ。

『今、“予期しない不具合が発生しました”っていうメッセージが出たんだけど。俺だけ? 
 俺みたいなやつはタイムラインを見るなってこと?』

 はー。こういう、かまってちゃんネタも来ているのか。恐怖感情をそそってもらわないと、記事ネタとして使えないんだけど。
 それでも次々とつぶやきが集まっていた。こうしてチェックしている間も、途切れなくアップされている。なんとかなるか。

 やっぱりみんな、ほどよい怖さ、ってのが大好きなんだよ。
 逃げ道あり、ギャグに持っていけるやつ。恐怖と笑いは表裏一体だ。

 これだけ集まれば、記事にできる。
 そろそろ募集を打ち切ろうと思った時、ピンポン、と玄関ベルが鳴った。
 居留守を使おうかと思ったが、うちは古いアパートなので絶対に気配でばれる。仕方がないから玄関へ行き、魚眼レンズから外をのぞく。

 そこにいたのは――


 ドアの向こうには、工事業者みたいなグレーの作業服を着た若い男が、生真面目な顔で立っていた。
 ドアを開けてやると、男はぺこりと頭を下げた。

「もうしわけありません。携帯電話・トコモの工事をしております。
このたびの不具合についてお詫びに回っています」
「不具合? おわび?」

「あっ、お気づきじゃありませんでしたか。
ただいまシステムサーバーの故障で、大規模な通信障害が起きておりまして」
「え、でも僕のスマホ、つながっていますよ」
「そんなはずは……まだ復旧の見込みすら立っていないんです……」

 僕は手にしたスマホを見る。


 スマホを……見る……。


 と……ととと………ととととと……。
 と……ととと………ととととと……。



 ブラックアウトした画面に、140字の怪談だけが次から次へと湧き上がっていた。
 とまらない。とまらない文字の奔流。

「うそだろ……」
 おもわず、スマホを手から落とす。
 落ちたスマホは、白い手に空中で受け止められた。うつむいたままの俺の視線が、その手をとらえる。


……まてよ。



工事業者が、こんなに白い手をしているか?



僕の頭上で、声がする。
「ああ、これ、つながっているんですね」



 いやいやいや。
 こわい、こわい こわい こわい。


 見たくない、絶対に、コイツの顔は見たくない。
 そう思いながら、顔をあげてしまう。


 
 そこには、目も鼻もない真っ白な面に、黒いドット文字が次々に浮かび上がってくる男の顔が……。




『つまり、恐怖とは感情であって、事実や行動じゃない。人の内部に生まれ、内部で増殖するものだ』


 と……ととと………ととととと……。
 と……ととと………ととととと……。

【了】(2700字)

『僕のスマホは、とととと…………』


はー。大変でした(笑) ホラー、苦手です。
ずっと以前に『ほどよい怖さ』と言うお題をいただいていて
ヒスイはグズなので、〆切に間に合わず(笑)
今ごろ公開です💛

さて、明日は金曜日。
へいちゃんと、同じお題で短編を出します。
もう1週間たってる……時間って、あっという間に過ぎますねー。

また明日、お会いしましょう💛


NNさまの企画67
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題・SNS

今後のお題
【4】水 【7】歩道橋 【8】終幕 【10】マトリョーシカ
【12】落書き 【14】エレベーター 【16】忍者 
【20】歌 24】お茶 【32】昔話 【43】鬼 
【46】枯れ木 【54】蜘蛛 【55】タイムスリップ 
【57】ポーカー 【58】春告げ鳥 【61】舌先三寸 
【66】ポップコーン  【70】スキャンダル
【73】アナログレコード  【80】まちぶせ 【81】ゆうびんやさん 【82】★みなとさん3★ 【84】天気予報
【86】豆電球 【88】ペンギン
【89】★みなとさん4★  【91】体重
【92】ダリア 【94】はらごしらえ 【95】ロングヘア 
【96】遅配  【99】船 【100】カブト

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ヒスイ~強運女子・小粋でポップな恋愛小説家
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