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「ありがとう、裏切者」ヒスイのシロクマ文芸部

私の日、なんてシロモノはとっくに失くしてしまった。
大好きで、大好きで、やっと付き合えた彼を、たった3カ月で友人に奪われた日に。
彼からは『アッチと付き合うから別れる』ってメッセージが来ただけ。
私は、ドットで作られた文字に、切り捨てられた。

こんな人生、もういらない。
他の誰かになって、生きていきたい。
できれば彼に愛されているあの子になって……。



夏祭りに一人ででかける32才なんて、終わってる。
でも、どうしても出かけたかった。
ひとりで部屋の中にいると、夜が濃度を持って迫ってくる。押しつぶされそうだ。
わかってる。
半年前に彼を失ってから、まともな精神状態じゃない。

裏切った男、裏切った友人。ふたりが幸せそうに、私をあざ笑っている場面がうかぶ。
ああほんとうに。
おかしくなりそうだ。

だから、外へ出た。


私の横を浴衣姿の女の子たちがすり抜けていく。
ああ、あの子たちみたいに笑いながら下駄の音を響かせていたのは、つい昨日のことのようなのに。
今は、ひとりぼっちでとぼとぼ、普段着で歩いている。
かなしい。
せつない。
みじめ。
こんな人生、もういやだ。
自分以外の誰かになりたい。
ほかのひとはみんな、幸せに生きているんだ。だから私は、他の誰かになって、生きてみたい。

汗と涙とみじめさを指先でぬぐっているとき、声が聞こえた。

「……なれますよ。自分以外のひとに。このカレンダーがあれば、簡単です」
「えっ?」

歩道には露天商がいた。神社から遠いのに、こんなところで店を出しているのね。
くじ運が悪くて、いい場所がとれなかったのかな。
ふっと露天商の手元を見る。
カレンダー。
いまどき?
もう7月なのに?

私の視線に気づいたのか、露天商は日に灼けたカレンダーを手に取り、

「これね、『なりたい誰かの1日を盗めるカレンダー』なんですよ。日付の下にね、成り代わりたい人の名前を書き込むんです。すると、その日いちにちだけは、他人の生活を楽しめるんです」
「……そんなへんなもの、買うわけないでしょ」
露天商は真面目な顔でうなずき、

「まあ、買いませんね、誰も。だけど自分に絶望している人は、買うんですよ。いかがですか、千円です」

私は千円を払った。
自分が払ったのか、なにか別のものに払わされたのか、よくわからない。



その夜、私はカレンダーに友人の名を書き込んだ。私を裏切った友人、彼と幸せに暮らしている女。
名前を書きこんだだけで、スッキリした。いちおう、日付は明日だけれど。

「ま、気休めよね」

そういって、眠った
夢のどこかで、夏祭りの太鼓と笛が鳴っていた。


<゜)))彡 <゜)))彡 <゜)))彡

翌日、目を覚ますと見覚えがない場所にいた。
広いベッド、きれいな部屋。隣には、私を捨てた男。
「……まさか」
起き上がって、洗面所に行く。そこには友人がいた。
「あのカレンダー、本物だったのね……」
「カレンダーがどうしたって?」
後ろから、彼がぎゅっと抱きしめてきた。
「あー、今日もいい匂いがするね。大好きだよ」
信じられない。こんなこと、一度も言ってくれたことがないのに。
複雑な気持ちで微笑む。


その日は、買物に行ったりパソコンで映画を見たりして、ふたりですごした。一分一分が輝いているみたいだった。
しあわせ。
……友人が。
彼に愛されている友人が。


彼女をうらやましい、と思う。
彼女に成り代わりたくて、変わってみたら、おどろくほどに美しく、切なく、幸せな時間だった。
24時間が、黄金のうちにとけてゆく。

愛されるって、こういうことなんだね。
大事にされるって、こんな気持ちなんだね。
はじめてのことに戸惑いながら、私はゆっくり幸せと愛することを理解した。
『私ではない女』になって。


夜になり、彼が帰ってから、私は友人の日記を見つけた。
そこには、新しい彼の裏切りについて書いてあり、友人が貸したお金の額も書きこんであった。
最後に淡々と、

『でも、まだ別れられない。次の男が見つかるまでは、一人になりたくない。
さびしい。かなしい。つらい。いたい。
それでもまだ、別れられない。ひとりはみじめだから』

私はそっと、日記を閉じた。
彼女の痛みは私の痛み。私はそっと、友人の身体を抱きしめた。
「……がんばろうね」
そうつぶやいてベッドに入り、眠る。
私の耳は、夏祭りの太鼓と笛の音を探している。



目覚めると、自宅に戻っていた。壁のカレンダーから昨日の日付が消え、明日からの日々が白紙になって、まっていた。

私は起き上がり、ペンをとる。

このカレンダーさえあれば、誰にだってなれる。
あの浮気男になって、友人をさんざん傷つけることもできるし、もういちど彼女になって浮気男を捨てることもできる。。


だけど、私はどっちもやらない。
どんなに幸せそうに見えても、どんなにキラキラしたつぶやきを発信してても、人の不安の総量は同じなんだ。
私も彼女も、おなじ一日を過ごしている。


カレンダーをめくった。12月24日は私の誕生日だ。
そこに、名前を書き込む。
『乾 理奈』。
じぶんの名前だ。

次の誕生日まで、毎日を『私の日』にしていこう。
他の誰にもならず、
不安とこわさと、何も変えられないという絶望を一日ずつ削っていこう。


そして最後に、すべてが『私の日』になりますように。


【了】(約2000字)


今日はちょっと、不思議系の短編を。
小牧幸助さんの #シロクマ文芸部  に参加しています。


他人のキラキラSNSにつかれちゃう、っていう話を聞いて。
ああ、そういうこともあるかなって。
SNSだと、キラキラした部分は、どういうふうにも作れちゃうから。

でも、本当のことは
本人こそ、痛いほどわかっているんだろうなあって。

シンプルに『自分』のままで生きていくのって
意外と大変なのかもしれないですね。

ヒスイもちょっと、SNS疲れなのかも(笑)。
しばらくのあいだ、ヒスイ日記も不定期になります。
またね。


ヘッダーはUnsplashJosh Hildが撮影

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ヒスイ~強運女子・小粋でポップな恋愛小説家
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