「すべての金木犀は、きみの前で花ひらく:ヒスイの2000字チャレンジ⑪」

 この坂道に終わりがあるなんて、誰にわかる?
 おれは、彼女の手を力を込めて握った。
 何もかもが果てのない暗さに溶けてゆく。出口のない不思議なトンネルの中で。

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「レオ、暗くなるよ、そろそろ帰ろうよ」
 制服姿の葉月はづきが、心ぼそそうに言う。
 秋の風が吹いていた。金色の筋が混じったようなキンモクセイの匂いがする。
 おれは黙って坂道を歩いた。彼女がついてくる。思えば、いつだってそうなんだ。
 葉月はいつも二番手の女の子だった。
 高校の修学旅行の夜、オトコだらけの部屋の中で
『学年で一番かわいい子は誰だ? 選手権』
でも二番手につけていた。

 おれのなかでも、つねに二番手の女の子で。
 悪くはないが、こっちから積極的に攻めていく気にはなれないっていう感じ。
 いや。彼女が悪いわけじゃないんだ。
 おれはいつもそんなふうだ。
 勉強はそこそこできる。部活も好きだし、男どうしでつるむのも好き。背は高いし、太っているわけでも痩せすぎでもない。
 だけど自分があるべき場所にいると感じたことなんて、一度もない。
 でもさ。
 そんなもんだろ、男子高校生なんて。

 気づけば、まわりは暗くなりはじめていた。このあたりは長い坂道が続くだけで住宅も少ない。なぜこんな道を夕方に歩いているのか、おれにだってわからない。
 まだ帰りたくない。そして一人は嫌だから葉月を引っ張っているだけのことだ。
 二番手の女の子。
 二番手のおれ。
 ちょうどいいのかもしれないが、おれの欲しいものじゃない。
 では。おれの欲しいものとはなんだ。
 わからないまま、秋の夕暮れを歩いていく。

 そのとき、葉月が俺の袖を引いた。
「レオ。ここ、どこ? こんなトンネル見たことがないよ」
 おれは葉月に言われて初めて気が付いた。目の前にトンネルがある。暗く細く、先行きのまったくわからないトンネルだ。
 葉月はそっと言った。
 「レオ。かえろ?」
 トンネルからは、嫌な風が吹いてくる。
 生ぬるく、人を拒絶するような風だ。
 おれに似た、おれが一番嫌いな風。おれは何も言わず、葉月を引っ張ってトンネルに入った。


 トンネルの中は、拍子抜けするほどふつうだった。オレンジ色の明かりのなか、おれと葉月は無言で歩いた。
 車は来ない。言葉もない。
 さっきまでおれたちを取り巻いていたキンモクセイの香りだけが、かすかに残っていた。
 沈黙が嫌で、おれは声を出した。
「この道、どこに通じているのかな」
 しかし葉月は答えない。
 むりやりトンネルに引っ張り込んだから怒っているのか。おれが謝ろうとしたとき、声が聞こえた。

「見ては、ならぬ」
 葉月の声じゃない。
 ぞくっとした。急にまわりの暗さが倍増した。濃度の高いゼリーのような闇。先のないトンネル。
 先のないトンネル。
 おれは無理やり笑った。

「見ないよ。見たら悪いことが起きるってやつだろ。
昔話でも何でも同じだ。男は見ちゃいけないって言われたものをこっそり見る。あれを聴くたびに、なんて馬鹿だろうと思うんだ。
見るなといわれたら見なきゃいい。目をつぶればいい。それで楽に生きていけるんだから」
「人は自らを滅ぼすほうへ歩くものだ」

  おれは葉月の手を引いたが、びくともしない。葉月は身長百五十センチ。体重だって四十五キロもない。しかし大地に根を下ろしたように葉月は微動もしない。
 おれたちは闇の底で止まってしまった。
 
「戻ろう、葉月」
「後ろに道はない」
 
 その答えを聞いて、おれの頭は爆発した。真っ暗な前方へ手鉤のように視線を据えたままおれは叫んだ

「出口もないのに先ばかり見ていられるかよ! おれの場所なんてどこにもないのに、これ以上歩けるかよ!」
「では止まれ。ここがお前に約束された場所だ」

 葉月の手が軽くなった。おれをここに置いて消えていくように。あわてて葉月の手を握りなおす。手が冷たい。
「葉月! ここ以外のどこかへ行こう。行く先はおれが探す。おれが見つける。おれが見つけるんだ!」

 声が暗いトンネルに響いた瞬間、おれの目の前にあざやかな黄色がひろがった。
 金色のキンモクセイの香り。甘くつややかなにおいの中心に、にこやかに笑うひとがいた。
 葉月じゃない。
 おれがいずれ会うはずの人だ。
 やくそくされたひと。
 おれだけのために。

 その人に手を伸ばしたが、闇がぐわっと厚みを増した。
 目の前が金色に染まる。
 そして葉月の声がする。
「――レオ、暗くなるよ、そろそろ帰ろうよ」
 そしておれは。
 トンネルのない坂道の途中に、もどってきていた。


 葉月とは、高校卒業後になんとなく自然消滅した。
 そしておれは今でもあのトンネルのことを考える。
 出口のない闇。なまぬるく、人を押しつぶす暗さ。そして何もかもを強烈なバックアタックみたいになぎ倒した金色の香り。

 もうすぐ金木犀が咲く。甘い香りが夜に開く。
 今年こそ、あの一枝を手折ろうとおもっている。
 おれの未来が、近づいてきているから。

 あのトンネルの出口を、おれは見つけるよ。
 おれの。
 約束されたひとのために。

ーーーーー了ーーーーーー2062字




ヒスイでございます。
今回の2000字ドラマは、レオン旦那(笑)。

ご本人のプロフィールをそのまま借りると
「スポーツ心理学に革命を!
10,000時間以上をバレー・スポーツ心理学に注ぎ込み、京都大学博士課程を経て大学教員・Vリーグ選手 →現バレーチームプロマネージャー(兼Mental Adv.)
科学と心理学の融合を実践し1ヶ月で体重-5kg 1年後もキープし32歳で国体予選長野県優勝」

……ありゃ。よく見たら、大変な人じゃないの(笑)
しかしヒスイとは、客の笑いを奪い合う、お笑いの相方のようなコンビです(笑)。いつもバカ話に付き合ってくれて、ありがとうございます、レオンさん(笑)

レオン旦那からは、キュンキュンな中学初恋物語をお預かりいたしました。
ヒスイはちょっと色を変えて、高校生男子の、この世から浮いている感じを書いてみました。

レオン旦那は心が広いので、OKと言ってくれました(笑)ありがとう。

さて。この「2000字のドラマ」企画は9/26の日曜日で募集終了です。
ということは、レオン旦那のお話で、企画への応募は終了。
ですが。
ヒスイ、まだひそかにネタをお預かりしており(笑)、さらによそネタも合わせると、あと4本は書けるみたいです。

ということで、ヒスイの2000字チャレンジは、10月いっぱいも毎週金曜日に新作公開です!
ああもう。鼻血が出そう(笑) でもやります。なんせ、小粋でポップな連内小説家の看板を掲げちゃってるから(笑)!

では。また来週。

『すべての金木犀は、きみの前で花ひらく』
この曲ともに書きました。

そしてレオン旦那については、こちらの記事もご参考に。

ぱんだごろごろさん、ありがとうございます(笑)!
はい、秘技「後出し・ありがとうございます」です(笑)
じゃ。また来週ね💛