『あたしのカレシは関の刃物』ヒスイの鍛錬・100本ノック⑯
「わ、わ。火花がっ、出てるよっ」
あたしは思わず叫んだ。
目の前では真赤な金属がぶっ叩かれて、キンカンと鳴っている。でかいトンカチを振っている男の人は白い着物を着てて、黒い烏帽子をかぶっている。
オレンジ色の火花が飛ぶ。
熱と炎と金属が、ひとつに溶け合う。
あたしの隣で、カレシの玻璃くんがつぶやいた。
「――な、きれいだろ」
あたしは目の前の熱から視線を剥がして、隣の布池玻璃(ぬのいけ はり)を見る。
こげ茶色のダッフルコートを着た175センチの高校1年生。めちゃカッコいいわけじゃないけど、モテる。
あたし、高野澄(たかの すみ)の同級生でカレシの玻璃くん。
あたしは飛び散る火花をにらみながら、ここまでのルートを思い出していた。
何がいけないのか、よくわからないけど。
とにかく玻璃くんはつきあって2カ月たつのに、手も握ってくれない。
名古屋から関市まで、高速バスで約1時間。そのうちの58分間、あたしは玻璃くんの手を握るタイミングをねらっていた。
みっともない話だけど。あたしはカレシ・玻璃くんの手を握ったことすら、ない。
付き合って2ヶ月だよ!? キスなんて、成層圏のかなただよ!
ぜつぼうてきな高校生カップル。あたしはすっかりブスくれて、外を見る。バスは冬枯れの風景を走っていく。
バスを降りて、目的地の『関市鍛冶伝承館』に向かう途中も玻璃くんの手はコートのポケットの中にある。
「関市ってさ、いまも日本が海外に輸出する刃物の半分を作っているんだ。とくに包丁とか、理容師が使うハサミは関の刃物が圧倒的なんだよ」
「へー」
あたしの返事はどこまでも軽い。ハサミなんてどうでもいい。それでも頭の片隅から知識を引っぱり出して尋ねた。
「刃物って、新潟も有名じゃん。ツバメってやつ」
「燕三条(つばめさんじょう)だね。あそこはスタイリッシュなナイフや包丁で有名になった。でもシェアから見たら、国産包丁の約50%は関製で、燕三条はシェア2位の30%。ぜんぜん違うだろ」
「そだね」
二人で歩く道の先に白壁の建物が見えてきた。とりあえず目的地の“関鍛冶伝承館”には到着できたけど。
これ、マジでデート? 日本刀を見に来るのが??
やがて刀鍛冶の火花が終わり、あたしは玻璃くんに連れられて伝承館の二階にあがった。思わず息をのむ。
「……すご。これ、ぜんぶ関のやつ? ナイフにハサミに、日本刀まであるじゃん」
人が少なくて、フロアがあんまり静かでつめたい金属の刃が迫ってくる感じ。あたしは思わず玻璃くんのダッフルコートの肘にしがみついた。
「怖いね。きれいだけど」
「関の刃物はね、日本刀が源流なんだ。だから刃に迫力がある。今も刀と同じで分業で作られているんだ。金属プレスや研磨、研削、熱処理、メッキ、木柄。ぜんぶ別の会社だよ。ひとつずつ工程をクリアして、最終的に完成する」
「へえ。くわしいんだね」
あたしがそういうと、玻璃くんは耳の付け根をちょっと赤くして、答えた。
「刃物が好きなんだ。関のナイフは、小学校に入るときにおじいちゃんにもらった。
今でも持っているよ。折りたたみ式で鉛筆を削るときにいいんだ」
あたしの目の前にぽわっと、ナイフで鉛筆を削る小さな玻璃くんが浮かんだ。鼻先をちょっととがらせて、一生懸命にナイフを握る小さな手。
可愛かっただろうな。
あたしがふふっと笑うと、玻璃くんがこっちを、のぞきこんできた。
「なんだよ」
「ううん。ほら、昔話でも刀って大事だよね。
あたしね、昔話なら、“鉢かつぎ姫”が好きなの。頭にお鉢をのせてるお姫様の話。お殿さまのお父さんが、日本刀で姫を斬ろうとするのよね。そこで鉢が、勝手に割れるの。
あたしは思うんだけど。あれ、お姫様が自分の気合で鉢を割っているのよ」
「気合?」
玻璃くんはきょとんとしていた。あたしは
「そう、気合。あの場面はね、お殿さまのお父さんが、別の姫とお殿さまを結婚させたいから、じゃまな鉢かつぎ姫を斬るシーンなの。
あのときお姫さまは
『あたしはこの人と結婚するって決めてるんだから。あんたなんかに斬られないのよ!』って気合を入れた。で、鉢が割れたわけ」
玻璃くんは黙った。静かな刃物に囲まれて、あたしは失敗したかなって思う。ドン引きしている?
でも次の瞬間、玻璃くんは大声で笑いはじめた。
「気合か、高野らしい。理屈とか論理とか、ぜんぶすっ飛ばすんだな」
気が付いたら玻璃くんの少しとがった鼻があたしの目の前にあった。
「おれは関の刃物みたいに、ひとつずつ階段を上がるタイプだ。それがイヤな時もあるんだ。昔話のヒーローみたいに一閃で、次に行きたいときもある――いいよな、一度くらいヒーローになっても」
そう言って。
あたしのヒーローは、刃物だらけのフロアで初めてのキスをした。
目を閉じるとあたしの中で、真赤に焼けた金属が火花を散らして音を立てていた。
キンカン。キンカン。キンカン。
あたしはゆっくりと目を開けた。
あたしだけのヒーローが、冴え冴えとした刃物に囲まれて、笑っていた。
あたしは、また布池玻璃とキスをすると思う。
何回も何回もキスをすると思う。
だけどぜったいに、刃物に囲まれた初めてのキスは、忘れない。
《了》
こちらのお話は、NN師匠の「ヒスイ100本ノック」と
まゆ in 関市さんの「岐阜県関市を知っていますか?」に参加しています。
参考文献
岐阜県関刃物産業連合会
まんが日本昔話
関市応援プロジェクト イメージ画(永山浩士さまより、お借りしました)
#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#岐阜県関市応援プロジェクト的な
100本ノック お題
ゴーヤ←日向ぼっこ←薬草←ワイン←ジェンダーバイアス←サウナ←温熱ソックス