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「そば浮遊。80度」ヒスイの毎週ショートショートnote 字余り

熱気球が上がる時、バルーンの内部には80度の熱風が吹き込まれている。
それが周囲の温度差で立ち上がってくるんだ。

おれは気球の真ん前で眺めていた。
バルーンが丸まると膨らんだ時、スマホが鳴った。
発信者は母。

「おとうさんが、仕込み中に店でたおれて。病院へ」

うちは代々の料亭だ。おれは和食がどうしてもいやで、製菓へ行った。以来、十年も口をきいていない。
それでも病院へ向かう途中、スマホが鳴った。
「おとうさん、だめだったわ・・・」

あとには借金と店が残された。母は店を閉めるという。

「俺がやる」
「だってあんた、製菓でしょ」
「蕎麦ならやれる。死んだ爺さんに仕込まれたから」
脳内で、華やかなバルーンから空気が抜けるのを感じた。ぷしゅうう。

その年も次の年も、その次も。正直、記憶がない。
蕎麦を打ち、和食を学びなおした。休む暇はなかった。
おれのバルーンはしぼんだまま。

だけど基本を叩きなおすうち、お客さんがついてくれた。
『料亭の味を引き継ぐ蕎麦屋』として取材が来た。
若くかわいらしい記者が尋ねる。

「パティシエ、和食、蕎麦。どれが本職でしょう?」
「…蕎麦でも気球は上がりますからね」
「えっ?」

おれは笑った。
色あざやかなバルーンに熱気が吹き込まれる。
周りの助けを得て、ふわりと浮き上がる。

温度は80度。
飛び立つ温度だ。
おれの足元で、地球が勢い良く回っている気がした。

【了 550字】

本日は たらはかにさんの #毎週ショートショートnote  に参加しています。
裏お題は「蕎麦でも気球は浮かんでる」。

相方ヘイちゃんはこちらです。

偶然、似たようなモチーフを使っていますが
テイストが全然違う。こういうのが面白いですね!

では、明日はシロクマ文芸部の日!
またお会いしましょう。

ヒスイの410字はこちらで。