朝顔
手紙 1枚目
拝啓、この村以外の誰かへ
初めまして。私は日本の、とある県の村人です。
私の村はもうすぐダムの底に沈んでしまいます。
私はどうしてもあのことが忘れられなくて、誰かに話したくて仕方がなくなってしまいました。村の人には話せないことです。なので私は東京の、適当な住所を書き、この手紙を送ることにしました。
私の学校には美しい女の子がいました。
それはもう美しくて、勉強も運動だってそこそこできて、あまり笑わないけど植物が好きな女の子でした。
そんな可愛らしい子なので、私の学校の人は男女問わずみんなその子のことが好きでした。
告白された回数だって、私の知っている限りでも両手では収まりません。しかしその全てを断っていたというのですから、驚きですよね。
しかしそんなあの子は突然と姿を消しました。
本当に過疎な村なので、防犯カメラなどは置いていませんでしたが、それでもみんなで必死に探しました。しかし、1年経っても見つかりませんでした。
私は隠していました。1年間隠し続けました。
私だけが知っている彼女の最後を
このことは墓場まで持っていこうと思っていましたが、その最後があんまりにも美しかったので誰かに話したくなってしまいました。
どこか..そう、話したとしてもどうすることもできないくらいに遠くにお住まいの方に向け、手紙を書きます。
どうかこの手紙を受け取った遠くの誰か
私を許してください。
あの子は朝顔になりました。
手紙 2枚目
私とあの子は同じクラスでした。
あの子は毎朝、1人窓際の席で本を読んでいました。
あの子は、昼休みになるとどこかへ行ってしまうのです。単に他のクラスのお友達とご飯を食べているのだと思っていましたが、毎日あの子の指は土で汚れていました。
私は思い切って話しかけてみました。
緊張し過ぎて、その時話した内容はあまり覚えていませんでしたが、どうやら植物の水やりに行っているそうです。私も家で朝顔を育てているので、植物の話で意気投合しました。話しかけてみると意外にも人懐っこい。あまりの美しさに勝手に高嶺の花にされていたようですね。
そしてなんと、次の日は一緒に水をあげに行くことになりました。
次の日のお昼休み
私とあの子は、雑談をしながら山道を歩いていました。これを読んでいる貴方は東京にお住まいでしょうから、いきなり山道と言われてもよくわからないと思いますが、私の学校の裏は山になっているのです。田舎ではよくあることですよ。
目的地に着くと、見えたのは木造の今にも崩れ落ちそうな、というか半ば崩れていた小屋でした。
その小屋は植物の蔦で覆われていて、朝顔の花が1つ2つ、咲いていました。
朝顔は丁寧に手入れされており、とても綺麗でした。
私たちはそれから毎日、水やりに行きました。
手紙 3枚目
雨あがりの日でした。確か台風の後のことです。
いつものようにあの子と水やりに行きました。地面がぬかるんでいるので細心の注意を払って。
しかし朝顔の花はありませんでした。台風で花が落ちてしまっていたのです。私は小屋の周りの朝顔の確認を、あの子は、小屋の中にまで侵食した朝顔の状態を確認するために扉を開け、中に入ってゆきました。
しばらく経った後、ガシャンと大きな、何かが崩れるような音がしました。
私が慌てて小屋の中に入ると、あの子の頭は小屋の中にあった箪笥の下敷きになっていました。血がどくどく、どくどく流れていて、蔦でできた木漏れ日がそれを鈍く光らせるのです。指がぴくぴく動いていたのが今でも覚えています。
小屋は台風でほぼ崩れかけていて、床に溝か、ぬかるみかがきていたのでしょうね。
それか、床の具合で安定しない箪笥が運悪く倒れてきたか。足を滑らせてぶつかった箪笥ごと倒れたか。
私は恐ろしくなってその場から逃げ出しました。
そして今日まで誰にも話さず黙っていたのです。
手紙 4枚目
1年が経ち、私は中学3年生になりました。
高校受験の勉強の休憩も兼ねて、私は朝方に外へ出ました。そしてふと、私はあの子がどうなったのか、気になって気になって仕方がなくなってしまいました。
運命のようですが、その日はあの子の命日でした。
私はあの小屋に行きました。
手入れをされていなかったせいか、随分と雑草が生い茂っており、小屋の周りには朝顔は咲いておりませんでした。
私は恐る恐る扉を開け、中に入りました。
そこにあったのは、朝露を纏い朝日が差し込みキラキラと輝く、小屋中を埋め尽くすほどの、満開の、朝顔。
あの子の髪のようにしなやか蔦
あの子の肌のように滑らかな花弁
嗚呼、あの子は朝顔になってしまいました。
この手紙を拾ったそこのあなた。
私は貴方に何かして欲しいわけではありません
ただ聞いて欲しかったのです。
貴方は私が見た朝顔の美しさを想像できないでしょうけれども
3日後には私の村はダムの底に沈んでしまいますけれども
もうあの子には会うことはできないけれども
私はこのことを聞いて欲しかっただけです。
それでは、さようなら。
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