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第2回 人類進化の常識を疑ってみる

学校でこんなふうに人類の進化について習ったことはありませんか?

「猿人 → 原人 → 旧人 → 新人」


引用:M. Garde, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons


この進化の流れ、一見するとシンプルで分かりやすい図式ですが、実は誤解を生む可能性があります。遺伝子解析技術が進むにつれて、教科書の内容が時代遅れになってきているのです。今回は「人類の系統樹」を参考に、人類の進化を改めて見直してみたいと思います。

引用:三井誠著「人類進化の700万年」講談現代新書を参考に作成


1. 系統樹:人類の進化の足跡

「系統樹」とは、生物の遺伝情報を基にした進化の関係図のことです。系統樹を使うことで、人類がどのように進化してきたかをたどることができます。


上の系統樹の赤色は、我々ホモサピエンスが分岐する前の人類、青色の線で示した人類は我々ホモサピエンスの共通祖先から分岐した人類(乱暴な言い方をすれば、あんまり血が繋がってない人類)です。系統樹にすると枝分かれが多くてかなり複雑なことが分かります。


実は、「猿人」「原人」「旧人」「新人」という言葉は日本独自の用語で、定義があいまいです。参考書に載っていた人類(黄色でマークされている箇所)を簡単に定義すると、次のようになります。

  • 猿人: ホモ属以外を指します。例えば、猿人Aは現在判明している最古の人類「サヘラントロプス・チャデンシス」。名前の由来は、発見地のサハラ砂漠とチャド共和国です。

    猿人C2は「ラミダス猿人」で、東大の諏訪元教授が発見しました。

    猿人D2は有名な「アウストラロピテクス(アファレンシス)」で、発掘隊がビートルズの曲 Lucy in the Sky with Diamonds を聴いていたことから「ルーシー」と名付けられました。上野の国立科学博物館でルーシーの模型を見ることができます。

  • 原人: 猿人D4から分岐し、「ホモ・ハビリス」などのホモ属が登場。この頃から礫石器(ゴツゴツした石器)を使い始め、旧石器時代が始まりました。原人以降はホモ属で、脳の発達と道具の使用が猿人との違いです。


    ホモ属B(ホモ・エレクトス)は、ジャワ原人や北京原人が有名で、この時期から火の使用が始まったと考えられています。

  • 旧人: ホモ属Dから分岐し、「ネアンデルタール人」などが該当。

  • 新人: 現生人類「ホモ・サピエンス」を指します。

    2. 猿人多すぎ問題

    驚くべきことに、猿人には非常に多くの種類が存在します!参考文献では、11種類もの猿人が紹介されていました。たとえば、猿人A~Eの属はそれぞれ異なり、これは「ネコ属(Felis)」と「トラ属(Panthera)」くらいの違いがあるのです。D1~D4のように同じ属でも、種が違う場合は「ヤマネコ」と我々がペットにしている「イエネコ」程度の違いとなります。

    これほど多様性がある猿人を一括りに「猿人」と呼ぶのは、トラやライオン、チーター、イエネコ、ヤマネコをすべて「ネコ」と呼ぶようなもので、かなり単純化されすぎでは?

    3.アウストラロピテクスは“過去の栄光”?

    かつて「最古の人類」として教科書に載っていたアウストラロピテクス。しかしその後、ラミダス猿人やサヘラントロプスといった、さらに古い化石人類が発見されました。人類進化の研究は日々アップデートされるため、「アウストラロピテクスは7番目に古い人類です!」なんて状態に。こうなると、教科書に載せる意味があるのか疑問に思えてきますよね。教科書に載せる価値は、当時の大発見であったことにあるのでしょうが、研究が進むにつれて内容が時代遅れになるのは避けられないはず。

    4.同時代に共存していた“複数の人類”

    さらに興味深いのは、複数の人類種が同時代に共存していたという事実です。

    例えば、約700万~200万年前には多くの猿人が同時に地球上に存在していました。また、約20万~4万年前には「ネアンデルタール人」と「ホモ・サピエンス」が共存していただけでなく、両者が交雑していたことが遺伝子研究で明らかになっています。なので、旧人→新人という図式はかなり誤解を招きますね。この交雑の痕跡は、現代人の遺伝子にも残っているのです。

    余談ですが、ネアンデルタール人の遺伝子を持つ人は新型コロナウイルスに感染しやすいという研究結果もあります。遺伝子研究の発展は「パンドラの箱」のようですね。

    出典:

    https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v18/n2/ネアンデルタール人のDNACOVID-19の重症化リスクを高める/106295


    5. 直線的進化モデルの限界

    人類進化を直線的に捉える、このような誤解は他の分野でも起こりえます。たとえば、文化や社会の発展における「段階論」です。

    19世紀には、「未開 → 文明」といった単線的な発展段階論が主流でした。この視点では、すべての社会が同じゴールに向かって直線的に進化するとみなされていたのです。

    マルクス主義も発展段階論の一例です。たとえば、「原始共産制(狩猟採集) → 奴隷制(奴隷所有者が偉い) → 封建制(王様・領主が偉い) → 資本主義(資本家が偉い) → 共産主義(労働者が偉い)」というように、社会が直線的に進化すると仮定されています。

    しかし、これを普遍的な発展モデルとして他の社会に無理やり当てはめると、矛盾や不整合が生じるでしょう。社会の進化も人類の進化と同様、ネットワーク状に広がり、多様に分岐していったものであり、多様性と複雑性の中で形作られてきました。これを一本の線で説明するのは、あまりにも単純化しすぎていると言えるでしょう。

    おわりに

    人類進化の多様性を考えて、私たちが日常的に使う「進歩」や「発展」の概念も見直すきっかけになりました。

    技術や社会の進歩も一直線ではなく、無数の分岐や行き止まりを経て今の形になっています。この現実の複雑さを理解することで、多様な可能性や異なる文脈を見落とさず、より柔軟な視点を持てるようになると思いました。

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