「鬼滅の服飾学」余滴②:鬼殺隊隊服のことなど

引き続き、『SPUR』2021年8月号に掲載された対談記事「鬼滅の服飾学」の「余滴」として、この対談記事から零れ落ちてしまったいろいろなことを書いていきたい。

対談の中で、「アニメ(第一期)で一番印象に残っているシーンは?」という質問を受けた。「一番」というからには一つだけ挙げるべきなのだが、私の中では、第22話(コミック第6巻45話)で隊服をそれぞれに着こなした柱が集結するシーン、それから、第5話(第2巻8話)で髪の色の異なる双子が炭治郎ら最終選別の生き残りに向かって「隊服を支給する」「体の寸法を測る」と言うシーンの二つが印象に残っている。さらに、アニメ(第一期)に限定しなければ、コミック第12巻102話の後に掲載された描き下ろし8コマ漫画で「ゲスメガネ」こと「前田まさお鬼殺隊服縫製係」が登場した時のインパクトも大きかった。

こうしたシーンばかりが印象に残っているのは、おそらく、私が、何よりも鬼殺隊の隊服に注目してこの作品を見て(読んで)きたからだろう。

前回の記事でも触れたように、「鬼滅の刃」の服装は、様々な和洋折衷的スタイルが誕生した大正初期という時代設定の中で、「もしかしたらありえたかもしれないもの」として違和感なく登場するところに一つの魅力がある。鬼殺隊の隊服はまさにそれだ。

西洋の軍服をモデルとする詰襟の洋服は、幕末から明治維新後にかけて、帝国陸海軍の軍服をはじめとする様々なユニフォームに採用された。その際、必ずしも全身が洋風のスタイルというわけではなく、例えば、戊辰戦争の時の白虎隊は詰襟の洋服に膝丈の袴を合わせていたと言われる(*1)。また、明治中頃の郵便配達員は鬼殺隊と同じように脚絆(きゃはん)と草鞋(わらじ)を身に着けていたようだ【図1】。

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図1:久保田米僊が1893(明治26)年に描いた「郵便現業絵巻」第9図に登場する郵便配達員たち

鬼殺隊の隊服も、上衣は詰襟の洋服で、大正初期という時代設定からしていかにも実在しそうなユニフォームのスタイルである。下衣は袴の一種の裁付(たっつけ)、膝から下は脚絆もしくは巻きゲートル、足元は草鞋という組み合わせも、この時代であればそんな和洋折衷は十分ありえた。作者独自の創作に違いないのに、全編を通じて、妙な説得力と存在感を持って登場するのがこの隊服なのだ。そして、隊服の上の羽織が各キャラクターの個性の表現になっていることは言うまでもない。

ちなみに、現在の日本で、最も身近な詰襟のユニフォームと言えば学ランだが、既に考察が試みられているように、少年漫画には、主人公がそうする必然性もないのに学ランを着て戦う作品の系譜というものがある(*2)。そうした作品において、学ランは、「硬派」な「男らしさ」あるいは「少年らしさ」の記号として登場してきた。鬼殺隊の隊服を身に着けた炭治郎ら「鬼滅の刃」のキャラクターも、上衣だけを見れば、多くの人は学ランを思い浮かべるはずで、そこから、上記のような作品の系譜に連なるものとして読み解くこともできるだろう。

ところで、ものすごく細かい話だが、草履(ぞうり)と草鞋(わらじ)の違いの一つに、鼻緒(はなお)だけで足を固定する草履は足の後ろの部分が不安定なのに対し、草鞋には鼻緒とは別の緒(お)があるため足の後ろの部分までしっかり固定できるということがある。「鬼滅の刃」の登場人物の足元に注意してみると、多くは、鼻緒以外に足の後ろの部分を固定するための紐のようなものが描かれているのが分かる【図2、3】。これも作者独自の創作による履き物で、実際の草鞋とはいくつか異なる点があるが、履き物の機能としては草履より草鞋に近いので、ここでは、ひとまず、草鞋と呼ぶことにした。

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図2:コミック第1巻4話の錆兎

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図3:コミック第5巻41話の胡蝶しのぶ(部分)。履き物の緒がアキレス腱付近で蝶々結びにされている。

さて、ここで、鬼殺隊の隊服の基本ルールがどのようなものか考えてみたい。どんなユニフォームにも必ず何かしらルールがあるはずで、全くルールのないユニフォームはユニフォームと呼べないからだ。

先ほど書いたことと重なるが、男性隊員の隊服には、下記のような基本ルールがあると考えられる。

・上衣は詰襟の洋服(背中に白く大きな「滅」の文字)
・下衣は裁付(たっつけ)
・隊服の色は黒または紺(*3)
・上衣は裁付にインして上から白いベルトを締める(*4)
・膝から下は脚絆か巻きゲートル
・足元は足袋に草鞋
・隊服の上から自前の羽織を着用するのは自由

一見奇抜なようで、以上の基本ルールに則った服装をしているのが煉獄杏寿郎であり、そこから逸脱しているのが時透無一郎と宇髄天元だ。無一郎の隊服の袖は袂(たもと)が長くそれ自体が和洋折衷的で、下衣は裁付でなく丈の長い袴である。一方、天元の隊服には袖がない。「柱」ともなれば、ある程度の服装の自由が許されるようになり、中には、最初に支給されたスタンダードな隊服とは別に特注したものを身に着ける隊員もいると考えれば納得がいく。ちなみに、伊之助が隊服の上衣を身に着けず常に半裸で登場するのは、無一郎や天元とは違った種類の逸脱と言えるだろう。

問題は女性隊員の隊服である。上衣は男性隊員と同じ詰襟の洋服だが(ただし蜜璃の胸部露出問題はある)、下衣のスタンダードが裁付なのかスカートなのかの判断が難しい。

【鬼殺隊女性隊員の下衣】
胡蝶しのぶ:裁付
胡蝶カナエ:裁付
甘露寺蜜璃:超ミニのスカート
栗花落カナヲ:膝丈のスカート
神崎アオイ:裁付

炭治郎と同期のカナヲが支給品とは別に独自にオーダーした隊服を所持しているということは考えにくい。あるいは、どちらか好きな方を選べる選択制だったりするのだろうか。その辺りの真相は、前述の「ゲスメガネ」こと「前田まさお鬼殺隊服縫製係」【図4】だけが知っていることなのかもしれない。

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図4:『鬼滅の刃』第12巻「描きおろし8コマみつりちゃんの隊服」の2コマ

*1:白虎隊の生き残りである飯沼貞吉が絵師・梅里に描かせたとされる複数の「白虎隊自刃の図」において、隊員は詰襟の洋服に膝丈の袴という出で立ちで描かれており、これが白虎隊の実際の軍装に最も近いものであるとされる。同図は、2018年に仙台市博物館、新潟県立歴史博物館、福島県立博物館を巡回した「戊辰戦争150年展」で展示された。
*2:「マンガにおける『学ラン』の系譜と『ジョジョ』を考える」やじり鳥、https://www.bousaid.com/2014-02-04-225522/(2021年7月4日閲覧)。
*3:柱の隊服には、厳密には「紺色」と言えない色が登場しており、例えば、宇髄天元の隊服は「鉄納戸(てつなんど)」もしくは「錆鉄納戸(さびてつなんど)」あたりに分類できそうな灰みや緑みを帯びた暗く渋い青系統の色である。また、胡蝶しのぶの隊服はシーンによっては暗い茄子紺(なすこん)に見える時がある。
*4:上下が分かれていないオールインワンタイプである可能性もゼロではないが、伊之助の服装などからこのように推測。
図1:郵政歴史文化研究会編『郵政博物館研究紀要』第12号、公益財団法人通信文化協会、2021年3月より
図2:吾峠呼世晴『鬼滅の刃 5』集英社、2017年より
図3:吾峠呼世晴『鬼滅の刃 1』集英社、2016年より
図4:吾峠呼世晴『鬼滅の刃 12』集英社、2018年より

【編集の記録】
2021年7月4日 本文第7段落「現在の日本では~読み解くこともできるだろう。」および注2を新たに追記。

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