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「人間にとって幸せなモビリティデザインとは?」東京大学生産技術研究所 大口敬教授×高橋飛翔対談【Vol.2】

東京大学生産技術研究所の大口敬教授と「自動運転時代のモビリティデザイン」をテーマにした対談の第2回目です。前回は、自動運転技術の進歩と次世代のモビリティ社会の関係などについてお話を伺いました。今回は現状のAIの課題や、渋滞が起こるしくみ、人間にとって理想的なモビリティデザインについてです。

「人間のゆらぎ」に対応できるAIはまだ完成していない

高橋飛翔(以下、高橋):以前、女流棋聖の吉原由香里先生から「囲碁の世界では、すでにAIが圧勝している」という話を聞きました。柯潔(カ・ケツ)という世界一の囲碁棋士が、グーグルの作った囲碁AI「AlphaGo」に敗れたんです。そのときはまだ「めちゃくちゃ強いプロ棋士が、世界一の棋士を負かした」程度の差でしたが、その後「AlphaGo Zero」というアップグレード版が登場すると、もはや太刀打ちできなかったそうです。

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AlphaGoが登場して以来、これまで考えられていた定石が、どんどん覆されているといいます。人間は、最善の手の一歩先にある「神の一手」の50〜60%まで到達できていると考えられていたけれど、まだ5%にも達していなかった。
そう考えると、AIが自動運転を制御したときに、いま私たちが想像していない最善のモビリティ社会が実現するかもしれないというのは、あり得る話なのではないでしょうか。

大口敬教授(以下、大口):AIの専門家の話をお伺いすると、いまのところAIがうまく働くには、一定のルールが必要だそうです。枠組みの中で、さまざまなシチュエーションを学習させることで、AIがすごく賢くなるんですよね。ルールが曖昧な場合や、途中で何らかの意思決定が必要とされる場合、いまのAIでは正しい判断をすることが難しいようです。

交通ルールというのも、実はかなり曖昧な判断で成り立っているものですよね。例えば、先日車で出掛けたときに、小学生くらいのお子さんが横断歩道を渡ろうとしていました。一時停車して、その子が渡り切るのを待っていましたが、「先に行って」というジェスチャーをされたので、「ありがとう」と言って車を発進させたんです。
歩行者とドライバーとのあいだでコミュニケーションが成立していますが、その行為は、本来ならば道路交通法違反に当たるそうです。そういった、ある種の創造的な行為に対応できるAIが完成するには、まだ時間がかかると専門家はおっしゃいます。

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高橋:前回、次世代のモビリティ社会が実現するためには、自動運転技術の発展だけではなく、法律や社会における需要など複合的な課題をクリアする必要があるとお聞きしましたが、今お聞きした「創造的な行為に対応できるAI」が完成したとしても、何か起きたときの責任の所在というのが課題になりますね。

大口:そういうことです。現在は「完全自動運転で、AIがエラーを起こしたらどうするの?」とか「倫理的でない意思決定をしたらどうするの?」とか、そういうことが論じられているわけです。

高橋:AIが意思決定をしたときに、倫理的にNGとされる運転をする可能性は十分ありますね。自動運転車にはソフトウェアが搭載されるので、そのソフトウェアを作っている会社が責を負うべきだと思うのですが、そういう話ではないのでしょうか?

大口:責任を追及して、ソフトウェアを作っている会社を潰しても、社会的なメリットはあまりないですよね。グーグル規模の会社なら、損害賠償金を支払ってもビクともしないかもしれませんが、今度は「被害に遭った家族が心理的に納得するのか」という別の課題が生じてきます。

人間は、合理的でない要素をかなり含んでいて、それが人間らしさを形作っているともいえます。技術を活かしながら、いかに人間らしさに配慮した制度設計ができるか。これが、次世代のモビリティ社会に向けた大きな課題であり、人間の知恵が求められているところでもありますね。

全部がコントロールされた社会は幸せか?

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高橋:すべての車が自動運転になった社会をどう見ていますか? 例えば、交通渋滞はなくなりますか?

大口:完全自動運転が実現すると「一番空いている経路を選んで、みんな最適な行動をとるから、渋滞もなくなるんでしょ?」とよく聞かれます。でも、そんなことはありません。道路の幅員を現状のまま変えなければ、入れる車の量は変わらないわけですから、やっぱり渋滞は起きてしまうんですよ。

高橋:なるほど。渋滞が起こるしくみについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

大口:私たちは「時間と空間の集中」と呼んでいますが、ある空間で受け止められる量には限界があって、その限界を超える状態が時間的に集中すると、渋滞が発生してしまうんです。

例えば、10人乗れるエレベーターに11人来ると、1人余ってしまいますよね。その後にまた10人来た場合、やっぱり1人余ってしまう。さらにその後、11人来れば、今度は2人余ることになります。このように「誰かが余っている状態」がずっと続くことで、渋滞は大きくなっていきます。
渋滞を解消するには、エレベーターに来る人数を8人や9人に制限して、余っている人を乗せていく必要があります。時間や経路、移動手段などを組み合わせて調整することで、渋滞が起きかけたときもスッと解消できるんです。

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全部がコントロールされて、スムーズに移動できることが理想だと思われがちですが、そういう社会では人間の自由がきかなくなります。「5分後に出発してください」と指示されたけれど、出発前に、急にトイレに行きたくなることもあるわけです。「10分後に変えてほしい」と頼んだときに「ダメです」と言われるのは、理想とはいえませんよね。

高橋:確かに。すべてを最適化してコントロールすることで、渋滞をなくすことは可能かもしれませんが、ディストピア的な感じになってしまいますね。

大口:やっぱり、渋滞を最小限の発生にとどめて、影響を受ける人をできるだけ減らすのが、本来のやり方だと思います。そのためには、どれだけリアルタイムに実態をモニタリングできるか、ニアフューチャーをどれだけ予測できるかが、カギになってきます。

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高橋:そう考えると、グーグルマップを運営しているグーグルが、次世代のモビリティ社会をリードしていくのが最適のような気がします。

大口:グーグルが持っているデータをビッグデータとして解析し、近未来予測をするためのエンジンを作って、それを公的に提供してくれれば、高橋さんがおっしゃるような意味を持ち得ると思います。いまのところグーグルは、サービスを提供する付加価値として何らかの利益を得るというビジネスモデルに傾いていますけれども。

高橋:確かに、そうですね。

大口:リアルタイムに対応できるようなデータの使い方をすることで、アクセシブルで快適な環境を作っていくことが、私たち研究者が目指すべきところです。そこに向けてできる努力は、まだたくさんあるんじゃないかと考えていますね。


対談Vol.3に続きます>

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