「あと数年で、MaaSの勝ち筋は見えてくる」MaaS Tech Japan 日高洋祐×高橋飛翔対談【前編】
今回のMaaSミライ研究所は株式会社MaaS Tech Japanの日高洋祐社長をゲストに、「MaaSの今と未来」について語った様子をお送りします。
サブスク型の移動サービスは平準化が難しい
高橋飛翔(以下、高橋):まずは、MaaSの概念について、お互いの意見を共有しておきたいと思います。日高さんは、MaaSの概念をどのように捉えていらっしゃいますか?
日高洋祐さん(以下、日高): MaaSについて、自動車業界の方はモビリティの所有からサービスに変わっていく、いわゆる「所有から利用へ」という流れで見がちです。もちろんその流れもあると思いますが、それは「Mobility as a Service」というより「Mobility Service」かなと。もう一段階広い概念でMaaSを捉えたほうがいいというのが、私の意見です。
今までの交通は、ユーザーとモビリティが紐付いていませんでした。今後は、ユーザーのニーズに応じて、自動車や鉄道などが統合されていく流れになると思います。このように、公共交通や他のモビリティサービスが統合されるところまでを、MaaSと考えるのがいいと思っています。
高橋:私もいわゆるマルチモーダルなMaaSというのが、MaaSの発祥だと思うんですけれども、一方で、そこだけに限定してMaaSといってしまうのは良くない、という思いもあります。
モビリティ革命で発生する「所有から利用へ」という流れは、車において特に顕著だと思いますが、公共交通の利用の仕方もどんどん変わっていくはずです。AIやIoT、5Gなどの情報革命と、モビリティ領域の技術革命、移動サービスの革新をすべてひっくるめて、利用がより幅広く多様化していく流れをMaaSと呼ぶべきだと思っています。
日高:MaaSの概念をより広義にとったほうが、社会にとっていいですよね。狭義になればなるほど、社会的インパクトは小さくなりますから。
高橋:そうですね。では、その概念をふまえて、現在MaaSのプレーヤーは増えてきていると感じますか?
日高:はい。増えてきてはいますが、まだどの領域もトライアル中という感じですね。その中でもライドシェア系などは進んでいて、すでにサービスの形が見え始めてきています。また、マルチモーダル+統合的なサービスの領域では、ドイツやドバイ、中国が、まだ表に出さない形で進めているくらいかなと思います。
高橋:各国でトライアルは進んでいるけれど、どこまで上手くいっているのか、わからないというのが現状ですよね。フィンランドのWhimも、どこまで利用されているか正直よくわからない。詳細なMAU(※)も、私が知っている限りでは公開されていません。個人的には、運用がそれほど上手くいっていないから、数字を出していないんじゃないかと考えています。
日高:Whimは、交通事業者とユーザーをつなぐ、いわゆるサブスクリプションモデルですよね。でも、音楽や動画などのデジタルコンテンツとは、性質が少し異なります。音楽はいくら聴いてもなくならないけれど、モビリティサービスは、使えば使うほど消費されていくものですから。
音楽なら、あまり聴かれていないコンテンツを「レコメンド」として押し上げるなど、コントロールすることで平準化できますが、移動だとなかなかコントロールがききません。タクシー乗り放題のプランがあれば、当然ながら、みんながタクシーばかりを使います。そういった人間の欲求と事業としてのバランスをどうとるかという点で、Whimはチャレンジの途中かと見ています。また、定額制の料金体系を組んでいますが、個別の交通サービスには実際に費用がかかっているので、ユーザーが多く使うほど利益を圧縮するという、構造的な課題も抱えています。
高橋:そうなんですよね。Whimは世界初のMaaSプラットフォームなどといわれていますが、黎明期の1サービスにすぎないんですよね。発展が起こる中で、最初の構造と違う形で進化を遂げるのは当たり前ですが、それが果たして成功するかどうかは、また別の話。
ただ、既存のモビリティを組み合わせることで最適なルート分配をして、より低炭素でサステイナブルな社会をつくるというコンセプトには価値があります。
日高:そうですね。Whimは、ユーザーの移動データをコントロールするというしくみを、いち早く提唱しました。そのあたりの思想は、非常に興味深いと思います。
※MAU…ソーシャルメディアなどで、適切な利用者数を示す値として使われる指標
カンブリア紀の後、勝つのは誰か?
高橋:MaaSの未来についてはどのように見ていますか?
日高:あと数年もすれば、今まで見たことがないサービスを立ち上げる人が増えてくるでしょうね。構造がある程度わかり、マーケットが大きくなってくると、いろいろな人が実験を始めます。その人たちが、実験に失敗していく中で、勝ち筋がだんだん見えてくるんです。失敗に乗っかって学習し、「これならいける」という勝ちのアイディアを持ち込むプレーヤーが、確実に出てくると思います。
高橋:よくカンブリア紀に例えられますが、ある時を境に爆発的に種類が増えて、そこからシューッとしぼられるのは、IT革命のときも同じでしたね。1万種類くらいの事業者の中で、めちゃくちゃ勝つ事業者が100くらい現れる。今は、1万になろうとして、一気に広がり始めている時期なんだと思います。
ちなみに、日本におけるMaaSの最終形態を、どのように考えていますか?
日高:複数のモビリティサービスが統合されて、移動したい人と移動させたい人の関係性が最適化できるようになったら、MaaSという言葉の中でできることは、終わりかなと思っています。
現在は、移動の需要と供給が、まったく一致していない状況ですよね。私はこの後新宿に行き、再び赤坂周辺に戻ってくる予定ですが、それを知っている人は私以外にいません。タクシーを拾う時間や、電車を待つ時間など、少なからず時間を無駄にするでしょう。
ユーザーのニーズをすべて把握し、コミュニティが最適化するところまで実現できればいいと思うし、それだけでかなり無駄な移動が減るのかなと思います。
高橋:夢のない話をすると、移動の需要と供給を一致させるのは、すごく難しいと思っています。複数の大きな会社がさまざまなサービスラインナップを持ち、おのおのの顧客の移動ニーズをカバーしていく…という形で終わってしまうんじゃないでしょうか。
日高:確かに、トヨタ自動車にとっての最適化と、JR東日本にとっての最適化と、環境負荷の最適化は、まったく異なるKPIを持っています。それらを1つのサービスシステムとして統合するには、誰が主導権を握るかが重要になってくるでしょうね。
高橋:結局のところ、影響力が強く、資本力の大きい企業が統括役を務めなければ、利害調整はできないと思うんですよね。いうなれば、スティーブ・ジョブズが音楽業界をiTunesでまとめたようなことをしなければならない。その役割を担えるのは、孫さんかなと思っています。モネ・テクノロジーズに何とかしてもらいたい。
日高:モネは、ソフトバンク51%、トヨタ自動車49%の出資比率で立ち上げ、今はホンダや日野などから出資を受け、ソフトバンクの出資比率が下がっていますね。たぶんここに、鉄道会社やほかの移動プレーヤーが入ってきて、大きなコングロマリッドになっていく可能性があり注目しています。
高橋:株式の資本的な面で、きちんと公共の利益を追求していかざるをえないような事業体を構築しつつあるので、彼らがディマンドサプライを調整できる立場になると、おもしろいなと思いますね。
<後編に続きます>