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パリへ


5週間に1度、1200文字の試練も今回が最後になる。
年を重ねてから新しいことに挑戦する機会はなかなかないので貴重な経験をさせていただいたと感謝している。

 新しい挑戦といえば、1月にパリで行われるヨーロッパ最大級のインテリア、デザイン見本市「メゾン・エ・オブジェ パリ」に出展してきたことである。
戦地と陸続きで治安は悪化していると聞いていた。いろんなことに注意を払っていたが、フランス入国してすぐに空港で危機一髪は起きた。

 大きなキャリーケースを持った私と作家仲間との3人がエレベーターに乗り込もうとすると、中学生くらいの男女5人が手ぶらで囲むように一緒に乗ろうとしてきた。少年たちが私の仲間のキャリーケースを横にしようとしたりしてたので、手首をつかんで「サンキュー、イッツオーケー」と言うやり取りをして、最後の少年が乗り込むとすぐに積載超過のブザーが鳴った。
 嫌な予感がしたので「アウトアウト」とエレベーターから降りるように促した。しつこく大声で促すと、少年たちは渋々降りてくれた。
少しホッとしてキャリーケースを力ずくで持ち上げて階段を上がろうとした瞬間に、一人の少年が追いかけてきて小声で「落ちてたよ」というようにして私の財布を目の前に出した。
まるでマジックのように何が起きたか分からなかった。
 自分のコート内側のポシェットを見るとファスナーが開いていた。ぶつかった記憶もないし、触った感じも全くなかった。
慌てて中身を確かめると日本円もカードもしっかりある。良かった。彼の良心が働いたのか。少年たちとはいえ、手口はスリのプロだった。

 翌日から時差ボケのまま展示会の準備をし、さあ明日から見本市の開幕の時。
しかし、どうやら地下鉄がストライキするらしい。年金受給年齢の引き下げを要求するものだったようだ。
翌朝には駅員たちが普通に乗り換えの案内をしている。パリの朝の地下鉄は大混乱だけど、冷静に動いてる人々という印象だった。
「こんなの日常」とばかりに「ようこそパリへ」と現地の人たちは言った。同じ状況で日本ならどうなるか。

 さらに試練はパリ滞在中の大寒波。日中でも気温は0度くらい。全体的にどんより。しかも、トイレの便座はどこも冷たかった。ホテルの部屋はシャワーだけで浴槽が恋しかった。そしてワイファイが止まるという不運も。

 しかし、展示会場は世界中から集まった出展者やお客さまが集まる。東京ドームクラスの会場が八つもある大規模で5日間でも見切れないほど。とてもきらびやかだった。パリの試練と相殺しても上回るほどのトキメキだった。これまでの菱刺し作品とは違うインパクト重視にして、廃棄される素材と組み合わせたのが好評だった。

 行って良かった。日本の快適さ、常識に浸かっていると思考停止してしまうのかもしれない。若いうちに常識を覆す経験をぜひともオススメする。乗り越えると力になるのだ。
 (やまだ・ともこ=南部菱刺し作家、青森県伝統工芸士、八戸市在住)

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