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ジキルとハイド。人間の二面性は誰にも必ずあるので、その機能、構造、真実を知る事から。

ジキルとハイドを調べると、こう出てきました。

『ジキル博士とハイド氏』(ジキルはかせとハイドし、原題:『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde[注 1])は、ロバート・ルイス・スティーヴンソンの代表的な小説の1つ。1885年に執筆され、翌1886年1月出版。通称は「ジキルとハイド」。ジキルは表記ゆれでジーキルとも。

二重人格を題材にした代表的な作品。そのため、解離性同一性障害の代名詞として「ジキルとハイド」が使われることも多い[1]。この作品は怪奇小説的で、裏の顔を持つジキルが薬を飲むことによって性格、および容貌までも変化していることが特徴である。なお、ハイド(hyde)という名前は、隠れる(hide)に掛けたものである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

生きていれば、一度くらいは自分の中の二面性に出逢ったことはありませんか?自分がコントロールできないくらいに、怒ったり、悲しんだり、怯えてしまったりの、何かがあるはずです。

それが原因で、不穏な空気になったり、別れたり、炎上したり、争いになったりということが起きたのではないでしょうか。2度と起こしたくないはずです。

答えから、行きます。

妻きょんきょん画伯作

ジキルが、愛が基盤。ハイドが、怖れが基盤。ジキルが、気づいている心。
ハイドが、考える心。ネガティブな事は、すべて、本当のあなたではない、動物脳(本能)=自我(エゴ)が無意識に同一化してやっています。これは真実度999の情報です。

※もうちょっと現実的にズバリ言うと、ジキルが動物脳(本能)が肥大化していない状態、ハイドが動物脳(本能)が肥大化した状態。ほとんどの人は、日常、本当のあなたではない動物脳(本能)に無意識に同一化されていることに気づいていません。

人間の知覚は、一万分の一秒の速さで、無意識に判断するそうです。

カッとなる、切れやすい、というのは、本当のあなたではない動物脳(本能)がやっています。

ハイドは、チンピラ、ヤ○ザ、オラオラ系、あなたに極度なストレスがかかった場合や、酒を飲んだら動物脳丸出しのタイプもいるでしょう。

あなたしか知らない、あなたの隠している部分は、人間が克服すべき部分で、ほとんどの人間に共通する動物脳(本能)が生み出すものです。

自分はおかしいかもしれない?と思っているその感覚は、真実度999の霊的探究をすることによって、動物脳(本能)の機能がネガティブであることが腑に落ち、動物脳(本能)を飼いならすことが少しづつ出来ていきます。

何かを学ぶ時、謙虚さ・素直さ・真剣さの3点セットを意識することは、理解を助けてくれます。

【Q:自我(エゴ)が生物学的起源から生じ、遺伝子にも浸透し、社会もそれを強化し、根強くプログラミングされているならば、果たしてそこから抜け出すことができるのでしょうか?】

A:自我(エゴ)を超越することは可能です。大事なのは、自我(エゴ)の習性ではなく、それと”わたし”を同一視してしまうことが問題ということです。

わたしたちは自我(エゴ)を”それ”として受け継ぎました。そして、実際に”それ”は非個人的なものです。あなたがそれを自分だと思い、同一化したときにはじめて問題が生じます。”それ”という自我(エゴ)の構造は、それほどユニークでも特徴的なものでもありません。多少のカルマの違いがあるだけで、比較的誰でも似たような”それ”を持っているのです。本当に人によって違いが出てくるのは、そのプログラムにどこまで隷属的に従っているかの程度です。つまり、自我(エゴ)の大小は、どこまで当人がそれと同一化しているかによります。

自我(エゴ)は本来何のパワー(ポジティブエネルギー)も持っていません。あなたが霊的に成長するにしたがって、自我(エゴ)のプログラムの影響を減少させるパワー(ポジティブエネルギー)が劇的に増加していきます。これが「意識のスケール」の本当の意味です。自我(エゴ)のプログラムにすっかりはまっているとき、気づきや洞察なくしては、自分自身を助けることはできません。そういう人を見るとわたしたちは、あの人は欲、あるいは憎しみ、怖れ、中毒、プライドによって”動かされている”と言います。こういうときに仮説や道徳の立ち位置を持ち出して、”あの人はこうすべきだ”と指摘するのは誤りです。実際にそれは、まったくの筋違いです。

無意識的に行動するというのは、ただその言葉どおりで、”罪”というのは意識の進化の限界を表しているにすぎません。この限界のことを、ブッダもイエスも”無知”と呼びました。意識の進化がグラデーションで表されるように、ある人たちは他の人たちよりも道の先にいます。この単純な事実がわかれば、赦しと思いやりが、怒りや怖れ、憎しみ、非難に取って代わります。わたしたちは自分自身を赦し、受け入れると、自然に他者を赦すことができるのです。

I<わたし>真実と主観性 P161

耳で聴いて学習の音声に、上の文章があります。↓ 是非、何回も聴いてみてください。

お金の対価を求めるのは動物脳であることが良く分かる動画もシェアします。

今回の記事が88本目です。真実度999の情報を伝えていますので、時間をつくって集中して、見られることをおススメします。気になるタイトルや、最初から順番にでも、安心して確信をもって、疑わずに臆病にならずに、が大切です。

個人の主観が入った情報ではなく、意識からの真実度999の情報は、『I<わたし>真実と主観性』しかありません。そのぐらい、意識からの情報を、言葉で表すことが困難であることも、この本に書かれています。究極の、一冊です。

今回の88本目の記事まで、まとめています↓


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