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クロスオウヴア 19

■■■ 邂逅 1 ■■■

 昨日までの雨はどこへ行ったのだろうか。各地で山を削り、橋を流し、家々を捻り潰したあの大雨も、夏の烈しい太陽の日差しに例年より早く牙を抜かれ、何処かへ逃げ去ってしまったらしい。

 たった一晩で季節が替わり、見える景色も夏の色になった木野川の土手を、佑右は数週間の運動不足を払い落とすかのように、自転車をとばしていた。

(昔はよくこの土手を走ったものだな。)

 中学生の頃は自分の行動範囲が広がるのが嬉しく、今日は街中へ、今日は河原へと、あちらこちらへと出かけた。この木野川も、左岸の土手が細いながらも舗装された道になっており、自動車も通らないので、格好のサイクリングロードになっていた。佑右は友達たちとよくここへ来て、河原で野球をしたり、釣りをしたり、あるいは意味もなく自転車で走り回ったりしたものだった。長雨で湿った体を乾かしながら、そんなことを思い出していた。

「ん? えっとぉ、あいつは・・・」

 向こうからやってくる自転車の姿が、知っている人物のような気がする。どうもかつての知り合いの様だ。緩やかに弧を描いている川に沿った堤防の道は、木野川の源流を抱える庄栄山の麓まで続いている。その庄栄山を背にして豆粒の様だった自転車の男は、徐々に大きくなってきた。

「ああ、あいつは、恭平だ。」

 恭平は、中学のときの佑右の同級生で、現在は八雲高校に通っているはずだ。春休みに行われた卒業パーティー以来だから、もう丸1年は会っていないことになる。

(そう言えば、ずっと会っていないなあ。あいつ、どうしているんだろう。)

 そんなことを考えているうちに、二人とも自転車なので、すぐにお互いに表情が読み取れるところまで近寄ってきた。おそらく向こうも気付いたのであろう。視線を佑右に向けながらやって来る。もう間違いはない。だが、いったいいつ声をかければいいのか、向こうも迷っている様子だった。何となく笑顔を見せながら、先に声をかけたのは恭平の方だった。軽く右手を上げると

「おうっ」

と大きな声を上げた。佑右も手を上げて答えると、もう少し近づくのをまった。

「恭平か。久しぶり。」

「おう佑右。久しぶりだな。」

「元気か。」

「ああ、元気だ。見ての通りだよ。おまえは」

「ああ、元気だよ。見ての通りだ。」

 しばらく会わなくても、親友だった二人の息は変わらないようだ。

「どうだ、学校は?」

「まあ、あんなもんだろうな。そっちは?」

「まあ、こんなもんだろう。居心地はまずまずだな。でも、昨日まで期末テストでさ、さすがに中学の時とはちがって、勉強のレベルが高くって大変だぜ。」

「ああそうか。おれんとこは一昨日まででさ。やっぱり、選ばれた奴が集まってるだけに、なかなか大変だ。」

 簡単な現状を交換し合い、お互い時間があることを確認すると、ちょっと話して行こうか、ということになった。木野川の草むらの土手を一気に駆け降り、水際の石組みに腰をおろした。

「何か部活でもやっているのか。」

 恭平が尋ねた。

「いや、何もやってないよ。もっぱら帰宅部だ。時々無線部には顔を出しに行くけどな」

 中学の頃から佑右は機械物に興味を持って、無線部、科学部、パソコン部と渡り歩いていた。中でもコンピュータにはすっかりはまって、顧問の先生の知識では教えることがなくなったくらい、すっかり上達していた。町のスポーツ協会で、小学生の時より週三回バスケットをやっていたので、学校の運動部には入っていなかった。

「佑右のことだから、バスケ部かパソコン部に入ったのかと思っていたよ。」

「バスケは週に1回、スポ協で大人の部に交ざってやってるよ。パソコンはさ・・・」

 佑右は最初パソコン部に入ったのだが、あまりにもレベルが低くって、入部したその日にやめてしまったのだ。

「だってさ、俺んとこのパソコン部、上級生が『Webの接続プロトコル』なんてやってんだぜ。おかしくってさ。」

「そりゃ、パソコン部のレベルが低いんじゃなくって、おまえのレベルが高すぎるんだよ。『プロトコル』までいじってりゃ、実際、高校生としちゃあ、たいしたレベルだと思うけどな。おまえはすごいよ。」

 恭平はちょっとあきれたように答えた。確かに、佑右のコンピュータに対する知識と技術は抜群であった。恭平も小学校の頃からコンピュータに興味を持ち、そんじょそこらの大人に負けないくらいの知識と技術を持っていた。しかし、佑右は恭平よりはるかに優れた才能を発揮していた。

「そんなことないさ。恭平、おまえだってたいしたものだったじゃないか。」

 佑右は正直そう思っていた。恭平は自分のよきライバルでもあり、またよき師匠でもあると思っていたのだ。恭平でなければ理解できないハイレベルな話題はいくらでも有ったし、知識では恭平にはかなわなかったからだ。

「今もやっているのか。」

「ああ、もちろんさ。」

「何を持っている? PHCか、デスクトップか。」

「両方だ。普段はPHCだけれども、しっかりと使いたいときは、やっぱりまだデスクトップだな。」

「そう思うか。俺もそう思う。小型化が進んでPHCの性能が格段に進んだけれども、やりたいことがイメージ通りにこなせるのはやっぱりデスクだな。どこのを使っているんだ。」

「PHC本体はティーテックの7067、デスクはカオルンのK51。プロセッサはどちらも山城のRRⅣだ。」

「プロセッサはRRⅣが一番だな。俺もPHCは同じだけれど、デスク本体はハーラインのTTだ。」

「ハーラインのTTか。TTもなかなかいいらしいな。」

「K51より拡張性は悪いが、RRⅣとの相性は最高にいい。おそらく今あるどのプロセッサとも、平均的に相性はいいだろう。」

 久しぶりに会いながらも、二人のコンピュータ談義は尽きることがなかった。佑右にとって貴重な「話せる」相手だった。

「ところでさ、俺新しいソフトを組んだんだ。」

「なんのソフトだ?」

「シミュレーションソフトだ。」

「シミュレーション? なんだおいおい、くだらないゲームソフトなんか作ったのか。佑右らしくないな。」

「ゲームなんかじゃないよ。純粋にシミュレーションなんだよ。」

「純粋にって、どういうことだ。」

「遊び用じゃないってこと。コンピュータの中に人間を造ったんだ。」

「人間を造ったって、あの、疑似生命を育てるシミュレーションか。」

「まあ、そんなとこだ。」

「じゃあ、やっぱりつまらないゲームソフトじゃないか。」

「いやそうじゃないんだ。本当に『人間』を造ったのさ。」

「『本当の人間』って?」

「DNAを取り込んだのさ。」

 佑右は、自分の造ったソフトが単純なシミュレーションソフトではなく、先日解析され、一般に公開された人間のDNAデータを元に、コンピュータ上に人間を再現するソフトだということを説明した。

「それっておまえ・・・」

 恭平の目が輝いた。恭平もコンピュータに詳しいだけのことはある。佑右の簡単な説明だけで、それがどういう意味を持つのか、完全に理解したようである。

「そうだよ。そういうことだよ。」

 佑右はその恭平の理解に応えるようにっと笑った。

つづく

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