エリアF -ハレーションホワイト- 19
「・・・」
次の瞬間、ぼくは街の北西にある、大きな森の中にいた。森には散策路が設けてあり、人々の憩いの場所となっていたが、森の奥の深いところは人気がない。人目を避けて行動したいQ-HACKERやクラッカーたちの多くは、この森を自分の根城としていた。ぼくは、うっそうと茂った森の奥でありながら、小高い丘になっているこの場所を気に入っていた。
「やはり、うまくいった!」
瞬間移動を再現した。ぼくは瞬間移動の方法を発見した。たぶんまだ誰も知らないだろう。ぼくは胸がドキドキするのを感じていた。ヘッドセットを着けて部屋のベッドに横たわっている現実世界のぼくが、興奮で息を切らしているに違いない。
この方法を利用すれば、今までできなかった様々なことが出来るようになるだろう。そう思うと同時に、まずはこの方法を完全にマスターして、自由に使いこなせるようにならなければと感じていた。
だが今は時間がない。しっかり解析して、この技術をマスターするのは後からの話だ。数キロ四方に誰もいないことを確認すると、ぼくは空に飛び上がり、官庁街の一角を目指した。ぼくの学校のデータベースがあるところだ。
西大通りから少し北へ行った所に、目的の場所はある。ここは細い裏通りの薄暗い場所で、重要な保管庫があるようにはとても見えない。もちろんぼくの学校のバーチャルオフィスは、西大通りに面した立派なビルの7階にある。でもデータ保管庫はこういう人の寄らない場所にあるのだ。ぼくは路地の一角にある、今にも崩れそうな、古いれんが造りの一件の建物の前で足を止めた。公の教育機関のデータは、すべてこのれんがの建物の中にあることを、ぼくは知っている。
ふと見ると、数匹の野良犬が、いつの間にかぼくを遠巻きに取り囲んでいた。こいつらは「イヌ」、つまりWPの手先のなって小遣い稼ぎをしているちんけなヤツらだ。現実社会で職にあぶれ、こういう所でバイトをしている、その日ぐらしのヤツらなのだ。こんな薄汚い裏道に入ってくる者は、そういない。ぼくのことを怪んで、様子を探りにきたのだろう。場合によっては威嚇して、この場から追い払うつもりなのだ。ぼくは物理座標にアクセスして、「イヌ」たちの視覚情報を操作してやった。すぐに「イヌ」たちは、まるでぼくの事など興味が無くなったかのように、そのまま散らばって行った。ヤツらには、ぼくがヤツら「イヌ」におびえて立ち去ったように見えたはずだ。
さあ、人のいないうちに、さっさと事を運んでしまわなければならない。ここからは、安易な気持ちではできない。公共のデータベースの所在は、D管理域になる。ここへの無断立ち入りは、確か十数年を超える懲役刑にあたるはずだった。心してかからないと、本当にぼくの人生は終わる。
でもぼくは、恐ろしいとは思わなかった。ぼくは自分の技術に十分な自信を持っていたからだ。実は今までにも、バレれば極刑の可能性のあるD管理域にまでは、侵入したことがある。